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元代戯曲の一編。作者は「竇娥冤」などで有名な関漢卿。ジャンルとしては才子佳人に入る。タイトルの金線池は、作中で主役カップルを仲直りさせる宴会の場所からとったもの。
ものがたり
科挙受験のために上京してきた韓輔臣は、義兄弟の石好問から芸妓の杜蕊娘を紹介して貰い、昵懇の仲になる。しかし蕊娘の廓のおかみは、二人の結婚を承知せず、ことあるごとに邪魔を繰り返して彼らを仲違いさせてしまう。韓輔臣が石好問へ訴えに出ると、彼は二人を仲直りさせるべく金線池で宴会を開くように提案するのだが…。
元代はモンゴル人の支配によって、漢人の築いてきた儒教観念がことごとく破壊された時代でもあった。そのため、この頃に書かれた小説・戯曲作品も、儒教の観念に縛られない作風が多い。本作もそのわかりやすい例の一つ。主人公の韓輔臣は科挙受験をすっぽかし、芸妓との恋愛に走るというキャラ。男女の礼節云々や、国家に尽くす士太夫としての責任などはどこ吹く風。宋や明代の作品なら、恐らく韓輔臣の父親ポジションの人物が現れ「真面目に勉強もせず芸妓遊びに明け暮れるとはけしからん!」となるだろうが、本作ではそうした否定が無く、肯定的な存在として描かれている。
また彼を助けるポジションの元好問も、真面目に受験をしろと勧めるどころか、蕊娘との仲を取り持つべく宴会を開いたり、結婚費用を気前よく出してやったりする。そのため、韓輔臣は作中で科挙試験すら受けていない。才子佳人ものでは主役の科挙試験合格→想い人のゲットがハッピーエンドのお決まりパターンだが、本作ではそれも無視されている。
重要なのは、あくまでも愛し合う二人が結ばれることであって、そこには科挙による成功や、文人としての対面など不要なのだ。こういう恋愛至上主義な作風は、やはり元代ならではだと思う。
関漢卿作品は女性が主役になることが多いが、本作のヒロイン・杜蕊娘もまた印象深いキャラクターである。韓輔臣に負けないくらい情熱的で、彼の浮気を疑ったり、本心と裏腹の行動をとったりする。才子佳人もののヒロインは、主人公が受験に成功するようあれこれ支援をしたりする、いわゆる男に都合のよいキャラ造型をしている作品も多いが、杜蕊娘はいつでも自分の恋愛感情が行動の中心にあり、韓輔臣をやきもきさせる。このような男の都合で動かないキャラは、関漢卿が女性を単なるキャラクターではなく、人間として描こうとした何よりの証拠ではないだろうか。関漢卿作品の女性は人間味に溢れている。
元代戯曲の特徴を凝縮した作品だと思うので、気になる方は是非読んでみるべし。