来生債

中国古典名劇選 2[本/雑誌] / 後藤裕也/編訳 多田光子/編訳 東條智恵/編訳 西川芳樹/編訳 林雅清/編訳

価格:4,620円
(2020/2/2 21:27時点)
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中国古典名劇選Ⅱに収録。作者不明の元曲作品。普通の仏教説話かと思いきや、何だか全然違う印象を受ける不思議なお話だった。

あらすじ
富豪の龐居士は仏門に傾倒しており、貧民へ施しを繰り返すことで徳を積もうとしていた。が、お金をどれだけ貧民に恵んでも、かえって人を不幸にしている気がしてならない。一念発起した龐居士は、全財産を海へ沈め、静かな隠居生活を送ろうとするが…。

いわゆる仏教もののお話。元ネタは「景徳伝燈録」や「祖堂集」などの燈史(仏教史書)から集められており、龐居士も実在した仏教者。中国では禅の体現者として有名だが、言動も行動もエキセントリック過ぎて私のような凡人にはちょっと凄さが理解できない。

仏教説話は、仏をあがめれば功徳がありますよ~というストーリーがお決まりのパターン。しかしながら、本編における龐居士の仏門傾倒はいくらなんでもやり過ぎ。業を取り払うべく借金の証文を焼く、全財産を海へ捨てる、最後は家族も巻き込み清貧生活を送る。それだけ頑張って功徳を積んだにも関わらず、ラストに一家揃って解脱した場面では「娘さんの方が解脱のランクは上でございます」と言われてしまった。娘の方は色狂いの坊さんを説教しただけなんだけど。しかも作中の描写を見る限り、一家が解脱してたどり着いたのは明らかに仙境(案内役に「老子様と会ってくれ」なんて言われてるし)。ずっと仏道に従ってたのにそれでいいのか? もっとも、仏教の中でも禅宗は道教と親和性が高いそうだし、加えて通俗小説では仏教・道教の世界観がごっちゃになるのはよくあることだったりする。

テーマとしては仏教万歳よりも、お金こそ諸悪の根源である!ということが言いたいのだろう。借金が膨れ上がって途方に暮れる李孝先、銀子を恵んでもらったのに使い道がわからず怯えてしまう粉ひき男、龐居士に金を返せず家畜に生まれ変わってしまった人間たちなど、お金のせいで不幸になってしまったキャラが次々に登場する。だからといって龐居士の財産投棄が正しいか、とはならない気もするが…。
その他印象深いのが、緒方面への罵倒ぶり。龐居士は自身も金持ちながら、世間にいる他の金持ち達を痛烈に批判している(曰く、貧しい人達を自分の鐘で救わず、それどころかさらに富を貪ろうとするから)。また妓楼の宴会を見ては、口先だけで偉ぶっているニセ文人や識者を批判する。見方を変えれば、これは世の悪をバカにしまくる痛快なストーリーなのかもしれない。こういう自由な風潮の話は、やはり元曲ならではだと思う。