漢宮秋

中国古典名劇選 2[本/雑誌] / 後藤裕也/編訳 多田光子/編訳 東條智恵/編訳 西川芳樹/編訳 林雅清/編訳

価格:4,620円
(2020/2/2 21:27時点)
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馬致遠の元曲。正式タイトルは「破幽夢孤雁漢宮秋」。かの有名な王昭君と元帝の悲恋を描く。

ものがたり
漢・元帝の治世。平民出身の王昭君は、宮廷の求めに応じて後宮へ入る。元帝はやってきた宮女を選定するにあたり、その似顔絵を描かせていたが、賄賂を送らなかった王昭君は役人の毛延寿に絵を醜く改変され、いつまでも帝の寵愛を得られなかった。しかしある晩、彼女のかなでる琵琶の音にひかれて元帝が現れる。めでたく結ばれた二人。元帝は昭君を貶めた毛延寿を罰しようとするが、既に彼は匈奴の呼韓邪単于のもとへ逃亡していた。折しも、呼韓邪単于は漢に公主を求めていたので、毛延寿の話を聞いて王昭君を寄越すように要求。元帝は拒否するが、臣下達の言葉で泣く泣く彼女を手放すことに。別れの日、昭君は川へ身投げして果てる。呼韓邪単于はすべての元凶であった毛延寿の身柄を漢へ引き渡し、両国は和平を結ぶのだった。

元曲の中でもかなり悲劇的なラストを迎える本作。唐玄宗と楊貴妃の元曲「梧桐雨」も似たような結末だし、元代はこういうお話が好まれたのかな。
あらすじを読めばわかる通り、実は元になった故事から色んな改変が行われているのだけど、それゆえ面白さも倍増している。王昭君が降嫁する経歴もまるきり違うし、絵師だった毛延寿は役人でしかもストーリー上の悪を一手に引き受けている。そのためか、本来悪役になりそうな呼韓邪単于が、降嫁もやめて和平を望む物わかりのいい人物になっているのはちょっと笑える。元帝がボンクラ気味なのは史実通りとして、かなり人間味溢れるキャラに描かれているのが特徴。国体ばかりを重んじてあっさり王昭君を差しだす臣下をなじる場面が、とりわけ印象深い。
悲劇ぶりとしても、失政で半分自業自得気味に楊貴妃を殺してしまった「梧桐雨」より、何もかもやむを得ない状況に追い込まれてしまった本作の方が、より同情しやすいのでは。もっとも、王昭君が自殺をする理由はやや薄く、そこは無理矢理悲劇にもっていった感じがある。
元曲のいいところは、儒教の建前とか、文学かくあるべしといった漢人の思考をガン無視して、ひたすら人間を描くのに徹していること。文人書生は科挙や国より愛を追求するし、妓女は自分達を縛る世間にどこまでも抗う。元曲の流れがそのまま明代にも受け継がれたら、中国文学は今と全然違う発展を遂げていたんじゃないかといつも思う。

元曲屈指の名作だし、最近刊行された「中国古典名劇選Ⅱ」の邦訳はとても読みやすいので、中国古典に少しでも興味があるなら触れてみて損はない。