雪山飛狐 レビュー

金庸三作目の武侠小説。伝聞形式で進む物語と、あんまりなラストで有名な一作。
一部ネタバレありなのでご注意ください。

ものがたり
清朝の乾隆治世。とある雪山の荘に招かれた武林や緑林の豪傑達。彼らは百年前の胡・苗・范・田の四家が作った秘密に関わりを持っていた。その秘密は山荘に隠された財宝、そして雪山飛狐を名乗る凄腕の男の正体を暴き出していく…。

武侠というのはアクションあり恋愛ありファンタジーありな総合エンタメだけど、金庸先生は特にミステリーの描き方が素晴らしいと思う。史実を絡めた壮大な謎を武侠らしいロジックやアイテムで巧みに解いていく。後期の倚天屠龍記、連城訣、笑傲江湖はその真骨頂。しかし初期作品である本作も負けていない。短い物語ながら謎のスケールはかなりのもので、登場人物が順々に謎の核心を語っていく展開も、食い違いや嘘が入り交じって引き込まれる。まともに見えたキャラがむしろ酷い隠し事をしていたりと、とにかく語りが上手い。もっとも、本筋の謎を一番ややこしくさせていた要因がいつもの「話を聞かなすぎる登場人物達のケンカ」だったのは笑えるけど。
胡一刀と苗人鳳のバトルは語りによる回想形式で展開されるが、それゆえにバトルの臨場感やそれぞれの人物像がより印象深く浮かび上がってくるのが面白い。このパターンは笑傲江湖の序盤でも出てきて、そちらはさらに洗練された場面となっている。

謎解きが終わった後、ようやく中心人物の雪山飛狐が登場する。が、そこから終盤まではさすがに色々詰め込みすぎだと感じた。胡斐と苗若蘭の恋物語もかなりの急展開。ちなみに胡斐は二十七歳らしいけど、若蘭への対応や思考は童貞臭が凄い。「俺は別に下心を抱いているのでは無いのだが、点穴を解くためには体に触れる必要があるので、許してもらえぬか?」とかいちいち言うあたりがもう…。何でしょうね、この礼儀正しく振る舞おうとして予防線を張りまくってる感じが堂々としてないっていうか。これが古龍作品のキャラなら「フッ、悪いが温室育ちのお嬢様は趣味じゃないんでな」とか何とかキザなこと言ってさくっと点穴解いてそうな気がする。やたら仇討ちに戸惑うモノローグも多くて、鳴り物入りで出てきた割にいまいち格好良く描かれていないのが残念。

ラストのオチは色々言われるが、個人的には碧血剣の方がえぇ…という感じだったのでまだ受け入れられた。まあいいか悪いかで言ったら悪いんだけど、とりあえず作中最大の謎は明かされてるし、大半の登場人物に関しては話もケリがついてるしね。このラストは、苗人鳳に対してとどめの一手をさせる状況にある胡斐が決断をためらう場面になってしまっているから読者としては「決断しろよ!」な心情になってしまうわけで、二人が拮抗したままどちらが勝ったのか真相は雪の中…みたいなエピローグにしたらまだマシだったかも、という気はする。
しかし外伝まで描いたのに本伝の終わりは結局このまま、というのはもはや一種のギャグに近いですね…。

ちょろちょろ文句は言いつつも、読んでる間はページをめくるのに夢中になってしまうんだから、やっぱり金庸先生は偉大。外伝のレビューはいずれまた。