水滸伝 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫) [ 小松 謙 ] 価格:1276円 |
角川ソフィア文庫で刊行されている中国古典名著を紹介するシリーズの一冊。
四大名著の水滸伝について物語やキャラクターを凝縮して紹介・解説している。
三国演義と西遊記に比べ一歩知名度が劣り、水滸伝をきちんと読んでいる日本人は少ない。そのうえ紅楼夢なみにネットや雑誌でデタラメな解説が跋扈していること、また北方謙三による水滸シリーズがエンタメとして大変出来映えがよいこと(原作へのリスペクトとか再現は別として…)もあって、読みもせずに原作水滸伝へ不当に評価をくだしている者もいる。
水滸伝は大変に面白い作品だけれども、その面白さを伝えるのにはかなり苦労する。
一見は「北宋時代、梁山泊に集った百八人の豪傑の活躍を描く」と一行説明が出来るシンプルなエンタメながら、
・完成までの経歴が滅茶苦茶複雑
・そのため設定・言語の入り乱れが激しい
・倫理的、政治的観点から中国本土でも評価が二転三転している(今でも)
・正式とされるバージョンが三つも存在する(百回本、百二十回本、七十回本。亜種を含めればもっとある。厳密にいえば演義や西遊記などの通俗小説も改編を重ねて現在に至るので水滸伝同様に幾つかバージョンがあるのだけれど、水滸伝ほど明確に区別されることは少ない)
といった背景を持っているので、少し深く読み込もうとすると、一転してワケワカラン小説になってしまう。逆にそれでハマってしまう人もいるんだけれど。
特に日本人の場合は、半端に漢字文化を共有しているから水滸伝に出てくる「義」とか「侠」とかの意味を勘違いしやすい。よく日本人の感想で「殺しや騙しをしてきた好漢が何故朝廷で正義の軍隊になるのかわからない」「どうして宋江が慕われるのかわからない」などといった感想が出てくるが、これは現代日本人感覚で古典を読んでしまうせい。
そんなわけで、水滸伝を正しく読み、楽しむというのは結構難しい。重たい中華料理フルコースを食べるような感じなのだ。
前置きが長くなってしまったけれど、本書はそんな水滸伝の物語と複雑な背景を、非常にわかりやすく紹介している。水滸伝解説本はちょくちょく読んできたけれども、その中でも一、二位を争う出来だと思う。
本書のいいところは大まかに三つ
・物語紹介に無駄が無い。
水滸伝は非常に長い作品で登場人物も多く、いちいち解説しているととても文庫一冊におさまらない。本作はその内容の取捨選択が神がかっていて、本当にわかりやすい。この前レビューしたアレも物語の粗筋を最初から最後まで乗っけていたけれど、あまりに悲惨な出来映えだったのでいかに本書が優れているかがわかる。
・作品背景の説明が丁寧。
作品の生まれた経歴、当時の世相・書店業界の実情・批評家の視点、などなど。本書でこのあたりの情報を知っておけば、いざ水滸伝を読む際に「古典」であるという前提をインプット出来るので、物語上で引っかかる部分がかなり減ると思う。本書を読むと、どのように水滸伝を読むべきか、ということが自然にわかる。素晴らしい。
・キャラクター解説
水滸伝はアウトローを描いた小説なので殺人や窃盗だらけ。表面だけ読むと「何コレただのやばいヤツじゃん」になってしまいがちなキャラの魅力を、わかりやすくかみ砕いて解説してくれている。
他にもコラムが充実していてどれも読み応えあり。特に元ネタの宣和遺事はもとより、水滸戯曲にまで細かく触れているのは素晴らしい。一般人だけでなく水滸伝好きがもっと水滸伝にハマるきっかけにもなると思う。
ちょっとざっくばらんな書き方になってしまったけれど、昨今の水滸伝紹介本としては最高峰の出来映え。
もし水滸伝に挑戦したいけれど長くて読みにくそうだからためらっている…という方は是非これを手に取って欲しい。