紅楼夢のよくある誤解について

中国古典小説の最高峰である紅楼夢。しかしながら、三国志演義や西遊記に比べると、日本人で本作を読む方々は少なく、そのせいかネットでも誤情報が相当に出回っている。なので、ここではそうした状況を少しでも是正すべく、よくある誤解について書いていきたい。

・紅楼夢はエロ小説 
令和時代になっても未だに言われ続けている本作最大の誤解。原因はいくつかあると思われるが、主要なものは本作でよくいわれるキャッチコピー「中国版源氏物語」、主人公・賈宝玉の有名な台詞「男は泥の体、女は水の体」、主要ヒロインの金陵十二釵を取り巻く設定、あたりだと思われる。
が、本編を一度でも読めばわかる通り、紅楼夢では全百二十回を通してもセックス場面は殆ど無い。主人公の宝玉も(今風に言えば)屈指のフェミニストであり、女性に対しても肉体的ではなく精神的な交流を重んじている。ともかく紅楼夢をエロ小説呼ばわりする人はまず間違いなく本編を通読していないので、そういう人の感想は信用してはいけない。

・中国版源氏物語
一体誰が言い出したのか、よく使われるこのフレーズ(初出を知っている方がいたら是非教えて欲しいです)。私は結構的外れだと思っている。確かに賈宝玉も光源氏も、大貴族として華やかな日々を送り、周囲に多数のヒロインが存在するなど、外側の設定に共通点が多い。しかし、肝心の中身が全然違う。詳しくは過去記事にも書いてあるのでよければそちらを参照のこと。源氏物語と紅楼夢 主人公比較

・林黛玉はツンデレ、薛宝釵は優等生
紅楼夢メインヒロインの二人を端的に言い表したもの。が、二人ともそんな単純なキャラクターではない。黛玉の場合、ツンデレというのは彼女の数ある属性の一つに過ぎず、とても彼女の全てを言い表せるものではない。宝釵もいい子ぶりが度を過ぎていて完全に変人の領域。時々さらりと出てくる冷徹な台詞は、黛玉と別ベクトルで相当性格が歪んでいる何よりの証拠だと思う。ちなみに二人の偏りまくった人物造形はもちろん作者の意図によるものである。
ところで、中国には「彼女にするなら林黛玉、妻にするなら薛宝釵」というフレーズもあるが、私的にはどちらも理想とは思えない(笑)。意見は別れると思うけれど、私なら彼女にはトークが楽しい史湘雲、美貌教養兼ね備えながらまったく癖の無い薛宝琴、奥さんなら聡明な賈探春、守ってあげたくなるような性格の賈迎春、清貧な邢岫烟あたりを推す。

・花襲人は理想のメイド
賈宝玉の筆頭侍女・花襲人。美しく有能で、ワガママな主人を時に厳しく、時に優しくしつけてくれるお姉さん。そんな彼女を理想のメイドと思い込む読者(男に多いけど)もいるようだが、実際は女子に相当嫌われるタイプの女子だと思う。確かに外面はいいけれど、要所の言動・行動がいちいちセコい。晴雯に対してうっかり(というかわざとだろ)自分の方が宝玉様に愛されてますよアピールをしたり、屋敷での不義を疑う王夫人に対し、自分が宝玉と密通していたことを棚上げして「誰も怪しい者はおりません」とか言ったり、ちょくちょく宝玉に対し黛玉をディスる発言をかましたり(本人的には宝玉には黛玉よりもっと相応しい相手とくっついて欲しい、という善心からなんだろうけど、善心だからこそかえって害悪)、実は結構嫌なところが目につく。宝釵との結婚式も平然と陰謀側に加担してるし。
作者が襲人をどう思っていたかは、高貴な若様とではなく下層身分の役者と分相応の結婚をした、という結末がよく物語っているのではないか。もっとも、こういう女子の美点欠点を分け隔て無く描いているからこそ、紅楼夢は傑作なのだ。

なんかもっと色々あると思うんですけど、今回はこのへんで。
そういえば水滸伝についても七十回本支持派の人を見かけたりするけど、あれも最終回を豪傑終結の大団円で終わってると勘違いしているような気がするんだよなぁ。実際は夢の中で豪傑全員が雑に処刑されるオチで、私はちっともいい終わり方だとは思えないけど。これもいずれ語りたい。

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コメント

  1. 黄梅 より:

    源氏物語との比較、見たことありますが、本質が全く違いますよね‥。エロ小説って聞かれたことはあるけど、ある程度の真実としてネットで流通してるとは頭がいたいです(ToT)

    • chunqiumeiju より:

      タイトルは忘れましたが、近年だと林真理子さんが自作で紅楼夢をエロ小説のように登場させていました。
      名のある作家さんがこういうことをしてしまうと、見識の浅さにがっかりです。

  2. 源氏物語と似ている、という話ですが、私も、紅楼夢を知らない人に紹介する時は、「…と言われています」と、アバウトに言ってしまったり…(汗)
    最初に言った人かどうか分かりませんが、伊藤漱平「日本における『紅楼夢』の流行」(論文)の中にそれらしい話が紹介されていました。明治10年代に清国公使館の書記官、黄遵憲らと交流した日本の文人、大河内輝聲の筆談記録が残っています。明治11年9月6日の項に、黄氏が紅楼夢を、最高の作品だが日本人は言葉の関係で理解できないだろうと言ったのに対し、大河内氏が、源氏物語は作意が似ている。しかも女性の作だから曹雪芹も驚くだろう等と発言。お国自慢がほほえましい、と紹介されていました。
    この大河内氏というのは、幕末まで大名だった人です。残念ながら、この筆談の4年後に若くして亡くなったそうです。もし長生きしていたら、日本でももう少し紅楼夢が有名になっていたかも…?

    • chunqiumeiju より:

      おお、ご返信ありがとうございます!
      論文や筆談をちゃんと読んでないので勝手な推測ですが、黄遵憲の紅楼夢自慢に対し、大河内輝聲が対抗で源氏物語を引き合いに出した、といったところでしょうか。「日本にはもっと古い時代に紅楼夢みたいな名作が書かれててんやぞ」と。だから本当に中身が同じかどうかは対談の中だと重要では無かった…?
      これは論文読んでみなきゃですね。