ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 西遊記

西遊記 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫) [ 武田 雅哉 ]

価格:1364円
(2024/5/17 02:14時点)
感想(1件)

角川ソフィア文庫で刊行されている中国古典名著を紹介するシリーズの一冊。
四大名著の西遊記について物語やキャラクターを凝縮して紹介・解説している。
西遊記は日本でもよく知られている中国古典小説だが、原作を読んでいる人は三国演義と同様、案外少ないのではないだろうか。
というのも三国志ほどでないにせよ、西遊記も和製作品がそれなりに存在し、かつそちらの方が人口に膾炙している実情がある。特に堺正章版の西遊記などは有名だろう。なんならこのバージョンを殆ど原作同様と思い込んで三蔵が女性と勘違いしてる人すらいるとかいないとか。
確かに西遊記は主要人物も少なく、ストーリーも取経の一本道なので、他の三大名著と比べても抜群に読みやすい。なので日本人が翻案しても一見、そこまで中身の変化が無さそうに感じる。
けれどもそこはやはり異国の古典小説なので、和製西遊記と原作西遊記を読み比べた場合、和製麻婆豆腐と大陸本場の四川麻婆豆腐くらいの違いがある。まあ要するに全然違う。
日本人の作る西遊記は登場人物も物語も毒が抜けきっている。良くも悪くも老若男女誰もが楽しめる健全な作品になってしまっている。
しかし原作の西遊記はお下品なギャグや世相への皮肉、そして水滸伝ほどで無いにせよスプラッタな暴力だらけであり、取経の旅にしても発端から終わり方まで全然綺麗なものではない。
でも、私はそれこそが原作西遊記の面白さの一つだし、中国らしさを感じられていいと思っている。

でまあ、ようやく本書の話になるんだけれども、この本は「大勢の人々に原作(を翻訳した)西遊記を読んでもらう」目的で作られていると思うので、上記のような原作ならではの良さ・特徴を全編通してあまり伝えられていないのはちょっともったいない感じがした。
別に一般人が西遊記を手軽に楽しもうと思ったら、演義同様に和製翻案がいくらでもあるのだから、平凡社や岩波の長ったらしい文庫を読む必要なんてない。それこそ漫画やアニメでもいい。そこは翻案の少ない水滸伝と違うところ(正確にはきちんとした翻案があまりない、というべきか。水滸伝を書いた日本人作家は吉川英治や柴田錬三郎などそれなりにいるけれど、ほぼ挫折している。そして書ききった北方謙三は面白さはともかく水滸伝の名を借りた別物なのであれを翻案というのは恐らく原作ファンからすると噴飯物)。
だから、あえて原作西遊記に触れてもらおうと思うなら、原作ならではの特徴(妖怪殺戮しまくりな悟空一行、というか頻繁に殺生戒を破る悟空、三蔵の凄まじい無能ぶり、沙悟浄のあまりの空気ぶり、他小説などでも見かけるゲストの神達の出演、コロコロコミックみたいなお下品ギャグ、そこかしこ現実を反映した道中の描写の数々など)をもっと沢山紹介して欲しかった。特に物語紹介に関しては、金角・銀角の話なんて和製西遊記でピックされる定番回でもあるし、わざわざ原作プッシュの本書で長々紹介しなくても…という気がした。
ともあれ構成自体は凄くいい。前回紹介した同シリーズの水滸伝でも成立史から始めて、適度な物語紹介とコラムを交えてあり、しかもどれも読みやすく、編集さんが相当優秀なんだと思う。欲をいえば神魔小説絡みで四遊記に触れたり、戯曲作品や続作への言及なんかもあると、一般読者だけじゃなく中国小説好きがもっと楽しめたかもしれない。

なんやかんや言いましたが、紹介本としては素晴らしい一冊。同シリーズの水滸伝と合わせてセットで読むのがおすすめ。いつか紅楼夢も出して欲しいな…。

※あくまで私個人の感想含め。気になる方は姉妹ブログの西遊記全話レビューをご覧ください。まだ途中だけどね。
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