三姑六婆。初出は元末の「南村輟耕錄」。古代中国における職業女性の総称の一つ。といっても概ね良くないイメージで使われる言葉である。
三姑は尼姑、道姑、卦姑、六婆は牙婆、媒婆、师婆、虔婆、药婆、稳婆という。
それぞれの詳細は以下の通り。
尼姑・道姑
出家女性のこと。前者は仏教、後者は道教。出家なのでお布施が主な収入源。といっても、ぼけっと寺や道観に住んでるだけでは実入りが足りないので、足繁く富豪や権力者の家に出入りし、言葉巧みに「徳を積みましょう」「きっといいことがあります」などと言って金を吐き出させる。主な売り物は仏具や写経セットなど。他にも効果があるんだかないんだかわからない読経やおまじない、エログッズ、霊感医療なども売り物にする。
また、中には芸人のように講師をする者もいて、特に大家の女性ウケがいい才子佳人ものを語ったりする。
ちなみにお布施は積極的に勧める一方で、出家は勧めようとしない。金づるに出家されたら収入源を減らすことになるため。
卦姑
占い師。占いがメインであること以外は概ね尼姑・道姑と同じ商売内容。もちろん占いは大抵インチキ。不幸になるので魔除け札を買え!などと営業してくる。
牙婆
周旋屋のこと。お金で仕入れたりさらってきた女性を売りさばく。特に幼い女の子の場合は年頃に成長するまで自宅でこき使いつつ、遊びや楽器のテクを伝授して良い値がつく売り物に仕立てる。四大寄書の一つ「金瓶梅」では安く仕入れて高く売るための手法が描写されている。
媒婆
仲人業者。近所を探り歩いて結婚の仲介を行い、お金を稼ぐ。現代の結婚相談所からしたら間違いなく違法だらけの強引な仲介を行う(年齢や収入をごまかす、法外な金を分捕る)。そのほか、金になるなら姦通の手引きもする。もっとも、婚礼の作法や運営についてのプロフェッショナルな知識は一通り持ち合わせているので、社会に欠かせない存在ではある。
师婆
巫女。祈禱などを専門とする。卦姑の在家版と考えれば良い。由来をたどれば、殷周時代の宮廷で神事をつかさどる女性の立派な職業だが、民間へ浸透するにつれてアヤシイ商売の源泉となってしまった。
虔婆…妓楼のおかみ。主に老齢で引退した妓女がなる。言ってしまえば身請けされなかった結果であり、基本的には男性不信で求めるものといえばお金だけ。妓女達のことも基本的には商売道具扱い。牙婆からは女の子を仕入れたりする商売仲間の関係。
药婆
薬売り。効き目のアヤシイ薬を売りさばく。女性専門なので美容や妊娠に関わるものが多め。
稳婆
産婆。読んで字のごとく。一見、社会に必要な仕事じゃんと思うところだが、大抵は牙婆や药婆と兼業しているため、同じくよくないものとして扱われやすい。ちなみに堕ろす方のスキルも持っている。
いずれも結婚できなかった女性、頼れる家族や親戚が無い女性、年をとって客をとれなくなった妓女、犯罪歴がある女性、などが行き着きやすい仕事である。
当時は家庭に入らなければ、女性が現代よりずっと生きにくかった時代。養ってくれる男のいない三姑六婆は生きるために必死なので、概ね金にがめつく、世間の道徳もガン無視する。社会にあぶれた悲しい存在ではあるが、物語などではその強欲さとクズっぷりがあまりにアレなので同情はしにくい。
旧時代、これらの女性はトラブルの種になるため家に近づけるのは良くないとされていた。
一つは上述したように、あらゆる手段で金を巻き上げられるからである。
もう一つの大きなトラブルは不倫絡み。
家庭が舞台となる中国古典小説や戯曲では、三姑六婆が頻繁に登場する。「金瓶梅」に登場する王婆は、六婆業の達人であり人売、仲人、助産など何でもこなす。金稼ぎのため、若い藩金蓮を言葉巧みにそそのかし、姦通と夫殺しをけしかけるなど実にあくどい。
旧時代、男女はなるべく馴れ合わないのが礼儀とされていた。実は結婚してからもそうで、あんまり夫婦が仲良くしていると「嫁といちゃつく暇があったらもっと仕事をやれ!」「旦那をたぶらかさず家事きちんとやれ!」などと舅や姑にきつく叱られるのである。
女性は家庭に入ると家の中に押し込められ、お祭りごとなどを除き基本は外出出来ない。夫も外へ商売に出て留守しがちになると、当然不満がたまってくる。そういうところへつけ込んでくるのが三姑六婆。
明代の三言二拍という短編小説集にある一篇「蒋兴哥重会珍珠衫」では、貞淑な若妻が家へ出入りする三姑六婆にそそのかされ間男してしまい、結果離婚へ追い込まれる悲劇が描かれる(最後は色々あって寄りを戻すけど)。
昔は現代と比べて治安もよくないので、街にはよその家の奥さんを狙うクズ男がごろごろしている。しかし家という防御を突破するのは簡単ではない。旧中国で女性を屋内に閉じ込めるのは不幸だ!というのは確かにそうなんだけれども、むしろ外のトラブルから身を守れた一面も間違いなくあったのだ。そこで、三姑六婆の出番になる。同じ女なら、ちょっとした口実を設けるだけで簡単に家へ入ることが出来るからだ。
彼女達は商売柄、自由に外出し色んな家に出入りするので、普通の女性と異なり見聞が広い。婚期を過ぎているので男とも遠慮無く関わり、男社会の知識も沢山持っている。また女性としても結婚、出産、色事など色んなことに首を突っ込んでいるので経験豊富。
そのため、箱入り育ちで嫁いできた若嫁などは、あっさり彼女達の話術や手練手管にひっかかってしまう。
三姑六婆の醜悪さは、表面上優しさや親切を装いつつ、若い女性の不安や隙につけ込むところにある。ただでさえ男尊女卑の社会で、経験豊かな年配女性が立場の弱い女性を助けるのではなく、商売の食い物にするのだから卑劣極まりない。