金庸武功考察 「笑傲江湖」より独孤九剣

【中古】 秘曲 笑傲江湖(1) 殺戮の序曲 金庸武侠小説集 徳間文庫/金庸【著】,岡崎由美【監修】,小島瑞紀【訳】

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武林制覇を目論む達人達の闘争を描いた金庸小説「笑傲江湖」。秘剣・独孤九剣は主人公の令狐冲が使う最強クラスの武功として登場。長らく江湖から姿を消していた華山派剣宗の長老・風清揚より伝授してもらう。

金庸作品の武功としては珍しく、招式とその内容がすべて作中で解説されている(大抵は「降龍十八掌」や「少林七十二絶技」のように、全部が網羅されずに終わる例が多い)。

独孤九剣は名前の通り九つの技から成り、内容は下記の通り。
総訣式…基本技。三百六十通りの変化を持つ。また全ての技に共通する特徴として、機先を制す(仮に先手をとられても後手からそれを破る)、敵の技の弱点や隙をつく、全て攻撃技のみで防御が無い、などがある。
破剣式…天下の各門派の剣術を破るための技。初めて本格的に使ったのは薬王廟の戦い。まだ独孤九剣を習ったばかりで練度は低かったが、戦いながら極意を悟り、最終的に崋山派剣宗の達人である封不平・叢不棄らを破っている。
破刀式…単刀、双刀、鬼頭刀、柳葉刀、斬馬刀など各種の刀および刀法を破るための技。最初は田伯光の快刀と戦うため部分的に学んだ。それまで相手の快刀術を見切れなかった令狐冲だが、破刀式を使ってからは機先を制して敵の技を封じ込められるようになった。
破槍式…長槍、禅杖などの長兵器を破るための技。作中では正派・邪派の使い手に包囲された向問天に加勢した時に使用。一手で何本もの槍を斬り落とした。
破鞭式…初出自の説明では硬鞭、斧などの重くて硬い兵器を破るための技とされた。しかし向問天に加勢した時には、変化をつけることで蛾嵋刺、匕首、判官筆、盾など短兵器全般に対応出来るとの説明もされた。いずれも硬い得物であり、それを細長く強度の低い剣で破るので、上述した技よりも難易度は高いと思われる。
破索式…軟鞭、三節棍などのしなやかで長い武器を破るための技。
破掌式…拳法や掌法、点穴などを破るための技。特に習得が難しい三剣の一つ。作中で明言されてはいないが、おそらく徒手技は得物を使った武術より変化を読むのが難しいためと思われる。実際、令狐冲も少林寺で任我行と正派達人の掌法の応酬を見た時「速すぎて何が起こっているのかわからない」と独白。また、内力を伴う掌法は剣や刀などは簡単にへし折ってしまうため、達人同士の戦いでは必ずしも得物を持つ=有利に直結しない。とはいえ習熟の低さにも関わらず、嵩山派達人である楽厚の大陰陽手をこの技で打ち破っていたりするので、まったく使えないわけではないようだ。
破箭式…弓矢など各種の飛び道具を破るための技。特に習得が難しい三剣の一つ。飛んでくる暗器の音を聞き分けるなど、この剣のための独自訓練が必要。暗器を叩き落とすだけでなく相手に打ち返すなど、あくまで攻撃主体な独孤九剣らしさも持ち合わせている。作中では薬王廟の戦いで使用。近づいてきた十数人の刺客の目を暗器に見立てて一斉に突き刺した。飛び道具に対処する技だけあって速さも凄まじく、一瞬で三十の目を射抜いている。
破気式…最上の内功を剣術で打ち破る技。特に習得が難しい三剣の一つ。風清揚も口訣と修行法のみを授けるに留めた。金庸江湖では内功を極めると気のビームなんかを飛ばしてくるチートな達人もいたりするので、難しい技になるのも納得。終盤の崋山で令狐冲が左冷禅と戦った際も「寒氷真気」の冷気で剣を落とされており、気を用いたテクニックでの戦いはまだ極められていなかった模様。

ちなみに作中では刺繍針、碁盤、筆など上記にあてはまらない武器とも戦っている。はっきり書かれてはいないが、見た目は短兵器のカテゴリーなので破鞭式を使ったのだろうか。

口訣はおよそ三千字もあり、一つ一つのつながりが無いため覚えるのが大変。
独孤九剣の極意として、指導した風清揚は「技無しを以て技ありに勝つ」「型に拘泥した死んだ技ではなく、型や常識にとらわれない変幻自在の活きた技を用いること」などを伝えている。
風清揚が令狐冲に指導したのは十日あまり。割とあっさり習得した感じに見えるが、かなり使い手の素質を求める剣法である。特に技無しの極意を極めると、傍目からは「何をやっているのかよくわからない剣法」に見えるらしく、辟邪剣法を習って大幅に腕を上げた林平之も、令狐冲の剣を「めちゃくちゃな技」と称しその本質をまるで理解していなかった。
風清揚は令狐冲の性格や技を観察したうえで「独孤九剣を学べる逸材」と判断しており、岳不羣のような型にこだわる人間では、習ったとしても熟練は困難と思われる。
技の開発者は独孤九敗。「神鵰剣侠」をはじめ複数の金庸作品をまたいで登場する伝説の人物だが、神鵰に登場する重剣術・木剣術と独孤九剣との関連性は作中でも明かされていない。年代も数百年以上の開きがある(神鵰は南宋時代、笑傲は明代)。

作中における強敵
・任我行…日月神教の教主。湖底に囚われていた時に令狐冲と対戦。独孤九剣の変化に対し柔軟な反撃を繰り出しており、これは風清揚の口にした「活きた技」にかなり近い戦い方といえる。令狐冲も独孤九剣を習って初めての強敵と認識していた。
・冲虚道長…武当派の掌門にして正派屈指の剣術家。殆どつけ入る隙のない武当剣法で令狐冲を苦戦させた。しかし唯一とも呼べる弱点を(半ば賭けのかたちで)見抜かれて敗北。少林寺でも再戦しかけたが、冲虚道長は既に弱みがばれていると考え辞退した。
・東方不敗…日月神教の教主。刺繍針による攻撃と凄まじい速さの身ごなしにより、独孤九剣をも圧倒。というか、この時の令狐冲側は四人がかりだったので、一対一であれば敗北は免れなかった。もっとも、東方不敗の恐るべき面はその速さであり、技の変化では独孤九剣の方が上と思われる。
・岳不羣…七十二手の辟邪剣法を習得し、大幅に腕を上げた状態での戦い。しかし令狐冲が強すぎたため七十二手の型を使い切り、やむなく同じ手を繰り返したため剣術の弱点を見抜かれ、敗れる。