書剣恩仇録 レビュー

金庸の武侠小説第一作。

ものがたり
清朝の乾隆帝治世。反清秘密結社の二代目首領となった貴公子・陳家洛は配下の豪傑達と共に乾隆帝へ挑む。その中で明らかになっていく、陳家洛と乾隆帝の秘密。敵同士であるはずのは二人に、複雑な関係が生まれていく…。

処女作とは思えないほどの完成度。時系列が複雑、主人公が中盤まで出てこない、本筋の話がなかなか明らかにされない、など一見読みにくい始まり方にも関わらず、そのリーダビリティは圧倒的。どんどん引き込まれてしまう。
悪の朝廷vs義侠の武芸者達、という構図は当時の伝統的な武侠小説の王道でもあるけれど、そこに色々捻くれた設定を入れているのが金庸先生らしいところ。互いに話を聞かなすぎるせいでグダグダな乱戦に発展する流れはこの頃から存在。まだ江湖の世界観が出来上がってないのか、スケール感が小さくて人間関係がやたら狭い。出会う武芸者がことごとく知り合いだったり身内なのは笑える。

いかにも高貴な育ちを感じさせる陳家洛は、金庸主人公だと珍しいタイプのキャラかもしれない。人格武術殆ど完成された状態で登場するので安心して読める一方、あまり成長を感じられないところは少し残念かも。
気になったのは、男キャラがどれも女性絡みになるとダメダメなとこだろうか。結果的にカスリーを死に追い込んだ陳家洛、妓女にデレデレする姿が権威がた落ちな乾隆帝、惚れた女に騙されて自分の腕を切り落とす無塵道人(作中最強格のキャラだけに、こんなエピで腕を無くしたというのが間抜けすぎる)など…。そのせいで、彼らに惚れるヒロイン達の株をも下げる結果になっていると思う。女性側も駱冰はちょっとな…。恋愛脳過ぎるキャラはどうも苦手だ。

乾隆帝がやたらこき下ろされていると思ったら後書きに金庸先生の答えらしきものが書いてあった。陳家洛との腹兄弟設定は、民の上に立つ天子と、民の側にいる紅花会、両者の対立や理解を描ける面白そうな要素だったと思うんだけど、乾隆帝が結局単純なワルに成り下がってしまい、いまいち話の中で活かされていない気がした。個人的に、金庸先生はライバルキャラの描き方がうまくないと思う。射鵰英雄伝の楊康とかもそうだけど、ひたすらライバルの株を下げるような描写を重ねていくので最終的にやたら小物になってしまう。

本作で一番魅力的なのはやはり張招重ではないだろうか。殆どの金庸作品において、序盤に登場する敵は大抵インフレにおいていかれて中盤だと雑魚扱いになってしまう。が、張招重は最後まで最強の敵として君臨し、かつ戦力がどんどん充実していく紅花会を相手にほぼ一人で渡り合うなど、圧倒的な強さと存在感を誇る。最期も改心したりせず悪役を貫いたのが見事。

最初の金庸小説なら他の作品の方が良いとは思うけれど、文句なく面白い一作。