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価格:2200円 |
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張悦然の短編小説。一人っ子政策により崩壊した家族と姉妹の複雑な関係を描く。
ひつじ書房より定期的に刊行されている「中国現代文学」の26号に収録。
ものがたり
許妍は、両親が堕胎を試みたにも関わらず二人目の娘として生まれてしまう。結果、一人っ子政策への違反として、父は失職、母も二人目を産んだことを周囲から咎められ、許妍は邪魔者として祖母のもとで過ごすことになる。姉の喬琳はそんな許妍を幼い頃からずっと優しく気にかけていたが、許妍は「自分と違い完璧な家庭で育った」姉への羨望から心を開けずにいた。
その後、地元を離れ北京に移り住んだ許妍は不幸な家庭環境を撥ねのけてテレビ局に就職、金持ちの恋人も得るなど、それなりに順調にいっていた。そんな折、出産間近の姉が数年ぶりに訪ねてきて…。
「一人っ子政策」が家庭にもたらす不幸や歪みは、まさに中国だからこそ書けるタイプの小説で大変に面白かった。現代でも日本と比較して子孫を産むことが重要視されている中国社会。けれども政策のために二人目の子供は邪魔者のように忌避されるという歪み。既に政策は廃止されたけれども、それがもたらした不幸な事例は生きている若者世代に今なお影響している。
本作の主人公姉妹である許妍・喬琳はまさにその問題の当事者。第二子出産の陳情を得ようとして暴走する姉妹の両親、ニュースで喬家の悲劇が放送されるや「義援金や支援を!」と息巻く許妍の恋人一家(他家の第二子出産問題を重く見てる割に、とうの自分達が二人目の子供を適当に扱っていることに気づかないのがとても皮肉)など、周辺の描写も細かい。
日本とは色々違う部分もあれど、家族や出産のことはやはり国境を超えて共感出来ることが沢山あると思う。望まれない子供として産まれた許妍は自分の出産にも懐疑的で、妊娠している姉にも度々冷たい態度をとってしまう。日本のネット上でも、子を産まない決断をする女性を揶揄する声を時々見かけるが、許妍の場合は国の政策が絡んでる分余計に事情が重く、そりゃ産みたい気持ちだって無くなるだろう。
姉妹のお話については、時折過去回想を挟みながら進む形式。許妍からすると姉の喬琳は優しく、美しく、両親と家に育まれてきた存在だったのだが……あんまり深く書くと感動が薄れてしまうので、二人の結末については是非作品を読んでみてほしい。ちなみに二人の名字が違うのは許妍が育ての親である祖母の名字をもらったから。
そのほか中国の若い世代で問題になっている結婚格差なんかにも触れられている。許妍の恋人である沈皓明は金持ちで性格も良い男だが、恵まれた環境で培われた善意がちくちくと許妍を傷つけるし、結局根本的な格差の壁は越えられない。皓明の家は許妍の生涯の悩みすらも「二人目を産みたければ外国籍を取得すればいいし、別にそれが無くても政府に罰金を払えば済む」とまるで問題視していない。
タイトルの大喬小喬は、高校時代における姉妹の渾名として作中に出てくるが、あとがきによると全然関係ないところが由来だそう。
この現代中国文学シリーズは拙ブログでも度々レビューしているが、毎回作品の選出センスが素晴らしい。今の中国を知る物語を読みたいなら、買って損は無いので是非。