老舎「私の一生」

老舎の中編小説。
主人公の私は、とある事件をきっかけに車引きと並ぶ下層階級の仕事・巡査になる。自分の良心に従って仕事に励む私だが、歪んだ社会の中ではそれもうまくいかず、絶望に追い込まれていく。働きに働き、年をとって死の淵に立たされた時、私は自らの一生について語り始める…。

老舎の労働小説の代表作はいうまでもなく「駱駝祥子」だが、本作もそれに匹敵する傑作だと思う。一人称形式で話がわかりやすく、物語もコンパクトにまとまっている点などはむしろ「駱駝祥子」に勝っている。

車引きと巡査は老舎小説によく登場する職業。どちらも社会の底辺層が就く仕事で、給料は安く出世も見込めず世間からは侮られる。親が車引きや巡査だど、その子供はもれなく同じ仕事に就き、いつまでも貧困から脱出出来ない。
巡査といっても現代日本人がイメージする警察とはまったく違う。警察や軍の下部で働く民間の見回り役みたいなもの。一応街の治安を守る存在とされているが、なにせ薄給で装備もろくに支給されないため、ちゃんとした治安維持など出来るはずもなく、誰もがテキトーにそれっぽく見えるよう仕事をするだけ。例えば賭博を取り締まるのでも、現場に踏み込むのではなく関係のない弱そうな人達をしょっぴいてくる、街で火事や民変が起きたらとりあえず終わるまで放っておいてそれから現場に向かう、などなど。
庶民もそんな巡査の実態を知っているから、平時も緊急時も彼らなどあてにしない。そのうえ、武器のある兵士や上部組織の警察が度々理不尽な要求を振っていじめてくる。
主人公はもともと真面目な表具師だったが、様々なことがきっかけとなり、巡査の仕事につく。字が多少読めたので、車引きよりは体裁がいいだろうというのがその理由だった。幼い子供達を養うべく生来の真面目さで頑張るが、組織や社会のいい加減さに振り回されてうまくいかず、善人であるだけ損をしていつまでも浮かばれないまま。
主人公が労働に励むほど落ちぶれてしまう、という展開は「駱駝祥子」と同様だが、社会の腐敗やデタラメさを認識出来ないままだった祥子と異なり、本作の私は巡査という職業の馬鹿げた実態や、清を打倒した新国家・中華民国の歪みなどを理解している(理解しているぶんだけ、絶望も倍増してるわけだけど……)。私は自分の無力を嘆き、ただ社会が良い方向に変わってくれと願うばかりになる。
作中全体を通して労働小説の王道を描いており、貧困の再生産、一度落ちぶれたら二度と浮かび上がれない社会、というのは今の日本に通じる部分も沢山あって身につまされるのでは。

「茶館」「四世同堂」など多数の傑作がある老舎作品の中では埋もれがちな一作だと思うけれど、「駱駝祥子」とセットで是非読むべき作品だと思う。学研版の翻訳は解説が非常に丁寧。巡査の実態も詳しく補足されているのでとってもオススメ。