中国古典小説の最高峰である「紅楼夢」。
作中に登場する大貴族の賈家は、作者曹雪芹の原案だと跡形も残らない状態にまで落ちぶれてしまったとされるが、現行本の第百二十回では罪に問われた人物が大赦を得て没収財産も返却されるなど、復興の兆しを匂わせる結末となった。
とはいえ、終盤で賈家が受けたダメージの大きさを考えると、ちょっとやそっとで立て直しが出来るようにも思えない。
そこで今回は、最終回時点の賈家が人材・経済面でどのような状態だったか、そしてここから本当に大きく復興を果たせるのかを考察してみたい。
まずは人物整理から。最終的に賈家にはどれだけの人材が失われ、そして残ったのか。あまり時系列を遡るとややこしくなるので、ここでは没落のきっかけになった元春の死亡回(第九十五回)から見ていこう。
生き残った主要人達
栄国邸側男性 賈政、賈赦、賈璉、賈環、賈蘭
栄国邸側女性 王夫人、邢夫人、薛宝釵、平児(賈璉正妻)、李紈
寧国邸側男性 賈珍、賈蓉、賈薔
寧国邸側女性 尤氏
その他有力人物 薛蟠、薛蝌、邢岫烟、薛夫人、史湘雲、薛宝琴
死んでしまった主要人達
史太君、賈元春、賈迎春、王熙鳳、林黛玉、趙氏、妙玉
生きているけれど賈家から離れてしまった人達
賈探春(遠方へ嫁ぐ)、賈惜春(出家)、巧姐(田舎に嫁ぐ)、賈宝玉(失踪)
ざっくりこんな感じだろうか。上記では侍女や使用人は外しているが、かなりの者が暇を出されたり賈家を見限って失踪したりしている。
男性側に関しては殆どが生き延びて世襲職に復帰。とはいえ紅楼夢における事件の元凶は大体この男たちのせいなので、もとに戻ったところで賈家復興の役に立つか?と言われたら割と怪しいのが多い。
見込みがあるのはずっと真面目に働いてきた賈政、終盤はいくらかまともになった賈璉、科挙に及第して将来性がある賈蘭くらいだろうか、また宝玉の一粒種は将来的に復興にかかわることが予言されている。
賈赦は復職したが老齢かつ流刑先での労働がたたり体調不良気味、賈珍は性根を改めるような人物とも思えない。何より賈環を筆頭とするゴミ達が生き延び続けて賈家に寄生している点も問題。
一応、栄・寧どちらも世襲職を受け継げる跡継ぎがいるのは安心だが、賈家の繁栄の象徴だった元春は亡くなり、高位の官職を兼任していた王子騰も死亡、何かにつけて賈家に便宜をはかってくれた(正確には悪事の片棒を担いでいた)賈雨村も失職と、朝廷での影響力はかなり落ちたと思われる。宝玉の科挙及第は皇帝に良い印象を与えたが、とうの本人がいないのではそれも一時的なものではないだろうか。
まあ外向きはこれでもまだマシな方で、問題は家庭内の方。
賈政の声かけで家事は王夫人が見ることになったが、何年も実務を熙鳳へ丸投げしていたこともあり、今更復帰したところでバリバリ働けるかは疑問。実際、彼女と邢夫人が頭に立って金庫の鍵を握っていた時は史太君の葬儀もろくに行えないほど業務が硬直していた。ついでにいうと王夫人も紅楼夢におけるいろんな悲劇を作ってきた張本人。正直この人がトップにいたら老害化する可能性は否めないと思う。そばにいた有能な侍女を死に追い込んでたりするし…。
一応、右腕として宝釵と平児がついていてくれる点は大きい。ただしこの二人もそれぞれ問題を抱えている。
宝釵に関しては未亡人であること。宝玉が失踪する前に子を宿したので、立場としては李紈が一番近いだろうか。夫がいない場合、家庭内での権力は著しく下がる。李紈の例に倣えば再婚は許されないし、家政にも何かしらの事情が無ければ関われない。また実家の薛家も、殺人事件を起こした薛蟠の裁判および釈放の上納金で金を使い込み貧乏に陥っているため、頼れそうな後ろ盾も無い。あてに出来るのは子供の将来性くらい。
平児の方は妾から正妻に昇格したが、賈家は大貴族ゆえ身分にめちゃくちゃうるさい。真面目で能力のあるお嬢様だった探春すら、使用人に「あの人はしょせん妾腹やんw」と舐められていたほどだ。平児は日頃の行いもあって使用人には慕われていた方だが、それでも陰口を免れなかったので、正妻になってからもとやかく言われるだろう。
また宝釵・平児に共通していえることだが、人の頭に立つより、サポートで力を発揮してきたタイプである。したがってイニシアチブをとって家の内政をとっていく感じはしない。これまでと同様サポートで頑張るにしても、頭が熙鳳や探春のように優秀ならいいが、あの王夫人では気苦労が絶えないのではないか。
人物関連はこのへんにして、次は経済状況を見てみよう。
賈家は第百五回で家財没収に遭ったが、その分は最終回で返還されている。しかし本編を読めばわかる通り、実際の被害はこれに留まらない。
第百五回で差し押さえにきた官府の兵士達は、どさくさ紛れに金目の物を持ち逃げしていた(賈璉夫婦がためた七、八十万両あまりのへそくりなど)。
また同回以降、使用人たちが賈家を見限って次々に逃亡、残った者も主人に隠れて家の金を使い込むなどの酷い事態に。また落ち目になった賈家を狙ってここぞとばかりに借金返済を訴えたり、遺産を寄越せと押しかけてくる者も。仕方ないので土地を切り売り、恩赦で帰ってきた家財を売って金に換えたり、各人が隠し持っていたへそくりを吐き出す、などして苦境を乗り切っている。
続く第百七回、流刑になった賈赦・賈珍の生活費用を工面しようとした際、既に金庫はすっからかんで借金まで作っていることが判明。この時は史太君が持っていた長年のへそくりを吐き出して何とか事なきを得た。が、後の第百十一回では強盗が入り込んで史太君の遺品がごっそり盗まれてしまう。そのせいで史太君の葬式費用すらも捻出出来ないくらいに追い込まれていた。
その他、大観園は住んでいた宝玉ら兄弟姉妹が引き取った後、使用人不足からろくに手入れもされず、ゴースト庭園さながらの状態になっていた。
…と、このように最終回付近まで経済状態は悪くなる一方だったりする。
明るいニュースとしては、巧姐が嫁いだ周家は田舎の百姓ながらかなりの土地を持ち学問に秀でた人物も輩出しているので、賈家にとっては将来的に頼もしい親戚になりそうな感じはする(家柄的には全然つり合ってない結婚だけど)。
また人も土地も大分スリムになったので、以前よりは家庭運営がやりやすい状態にはなっているはず。でも有能な人材以上にダメ人材が残ってしまった感があるので、やはり復興までの道のりが長く険しいことには変わりないだろう……。
おまけで、賈家の親戚である王・史・薛の三家にも触れておこう。
史家は既に当主がおらず、賈家で大きな権力を持っていた史太君も死亡、将来世代を担っていた史湘雲も夫が亡くなり未亡人(そして多分子供もいない)と、かなり悲惨。
王家は絶大な権勢をほこっていたが九十五回で王子騰が死んでからあっという間に没落。残ったのは王子勝や王仁を筆頭とするゴミクズ達。これまた立て直しは厳しそう。
薛家は先述した通りバカ大将薛蟠の裁判絡みでお金を使い果たしてしまった。一応、薛蟠本人は心を入れ替えて、香菱の残してくれた子供もおり、薛蝌・邢岫烟という紅楼夢でも大変まともな夫婦がいてくれるので、賈家以外では一番復興の見込みがありそうな感じ。
以上、賈家の復興にまつわる考察でした。改めて書き出すとなかなか酷い状態。とはいえラストの甄士隠によれば将来の復興は定まっているようなので、最終回時点は駄目でも、きっと次世代の賈蘭や宝玉の息子がかなり頑張ってくれたのだろう。