十万八千里

十万八千里。

現代ではありふれた中国語表現の一つ。とにかく果てしない距離を表す時に使う。

この言葉を知ったきっかけは「西遊記」だった。主人公の孫悟空は、須菩提祖師より授かった觔斗雲の仙術で、一瞬にして十万八千里の彼方まで飛ぶことが出来る。

気になるその距離は、明代換算で40万キロメートル以上。あれ、地球の赤道って確か4万キロだったよね? ちなみに西遊記作中における中国~天竺の距離も十万八千里。昔の中国大陸は現代よりずっとデカかったんだなぁ、うんうん。

あほな冗談はさておいて。この言葉、自分は長いこと西遊記の造語だと思っていたんだけど、実は出典が別に存在していた。それが宋代の景徳傳燈録という書物。これは禅僧の伝導書で、僧の伝奇や禅問答が記されている。まあ、自分が確認した限りだと、禅問答の中における答えとして出てきただけだったけど。根気が無かったので詳しくは調べられず。

何故百八里でもなく一万八百里でもなく十万八千里なのか、というのも長年の疑問だった。煩悩の数として、仏教界でよく用いられる百八になぞらえた、というのは理由の一つでもあるだろう。ちなみに仏教界では、十万八千里は決して数の最上表現ではなく、これよりも巨大な数を表す言葉は他にも存在している。やはり上で述べたように当時の中国~天竺における距離だから、それが定着していったのだろうか。

個人的に、この言葉を有名にしたのは西遊記だと思っている。作中で印象的に使われている表現だし、何より超人的な神通力を持ったキャラがうようよする西遊記世界で、悟空の強さを的確に示してくれている。加えて、発音もいい。shi wan ba qian li(しーわんばぁちぇんりぃ)という何ともいえない響き。思わず、口に出して読みたくなる。西遊記のお話ももとは街角の講談だから、講釈師たちはやっぱり声に出した時の印象を大切にしたのではなかろうか。