東京夢華録

三省堂書店オンデマンド 東洋文庫「東京夢華録」

価格:3,960円
(2021/10/30 11:39時点)
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南宋の文人・孟元老の記録文学。北宋の都・東京開封府は靖康の変で金軍の侵攻を受け陥落。それから数十年が過ぎ、生き延びた作者が有りし日の都の繁栄を懐かしんで記したのが本作である。

原文は相当な悪文らしい。わざわざ序文で「わかりやすさ重視で俗語とか使ってたり読みにくいけどゆるしてね、てへへ」なんて書いてるので本人も自覚があったようだ。
本作で特筆すべきは、市井に生きる人々の暮らしが具体的に描かれていること。一都市の歴史を記すのに、そこで生活する庶民の姿を克明に表現した点で、これより過去に作られた地理誌と画期的な違いがあった。まあ基本的には料理や名物の羅列に終始してることも多いんだけど、それだけでも開封の圧倒的な繁栄と商業都市ぶりは実感できる。
大運河の中継地として南北から人と物が集まる場所だった開封は、五代以降度々王朝の都となり、宋になるとますます発展を続けた。治安もよく一日中城門が開いていたので、夜も商店や酒楼が運営され、また舞台や芸を披露する盛り場があったり、昼間の仕事を終えた人々が楽しむ娯楽が揃っていた。
作中ではそんあ都市の賑やかさが詳しく述べられている。食べ物、衣類、化粧品、古書、骨董、薬、ペット、占い、玩具などあらゆる業種の商売人、華やかな妓楼の光景(お座敷でのんびり客を待つ高級妓女から、安い酒楼にふらりと現れて勝手に歌い出す下級妓女まで色々いる)、季節ごとのイベントなどなど……。庶民に人気の有名店、酒場のシステムや金額相場といった情報は、まるで観光ガイドを読む気分にさせてくれる。大運河を通じて南北から都市に人が集うので、飲食店にしても南人向けのメニューで固めた店があったりしたそうな。
個人的に面白かったのは七夕で売られる泥人形。台座がついてたり象牙や真珠で装飾されてたりと凝った作りで、高いものは銅銭で数千貫(当時の平役人の月給が確か十貫くらい)もしたそうだが、縁起物として貴族から一般層までよく売れたんだとか。
沢山の料理が出てくるが、註を参照してもよくわからないものばかり。これは作者が俗称を多用したせいでもあり、そのため後代の人々からすると不明なものだらけになってしまった。あと盛り場の内容もタイトルだけで詳細は説明されない。そこが一番気になるんだけどなぁ。それでも、色々想像するだけで楽しい気分にさせられる。

いわゆる王朝滅亡後の回想記として読んだ場合、後代の「板橋雑記」や「陶庵夢億」は文章の端々から亡き王朝への思慕が滲み出ていてうるっとさせられるのだけれど、本作はそうでもなかった。まあ宋は滅び切らずに南宋として国体を維持していたし、江南の経済は変わらず豊かだったりもしたので、完全滅亡した明とは執筆事情も違っただろう。あくまで都市の繁栄記といった感じ。

小説や漫画の創作資料としても一級品だと思うので、興味のある方は是非ご一読を。