射鵰英雄伝 レビュー

【中古】 射雕英雄伝 第1巻 / 金 庸, 岡崎 由美, 金 海南 / 徳間書店 [単行本]【メール便送料無料】【あす楽対応】

価格:509円
(2020/9/21 21:46時点)
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射鵰三部作の第一作。
南宋時代を舞台に、忠臣の遺児として生まれた二人の少年の運命を描く。郭靖はモンゴルで、楊康は金の王府で育ち、生前から定められた宿命の戦いに巻き込まれていくが…。

金庸作品の中でも、最も日本人に読みやすい作品では無いだろうか。他の作品と比べると江湖の概念が希薄で、歴史小説の趣が強い。特に序盤は武侠小説らしい荒唐無稽な戦闘描写も控えめで、郭・楊両家の悲劇や子供たちのその後の話も堅実な歴史小説の流れで進んでいく(ほかの金庸作品だったら、癖のある達人が出て来て子供をさらい、絶世の武術を仕込むみたいな流れになってると思う)。チンギスハーンのように日本でもそれなりに知名度が高いキャラも出てくるし。
趙王府の戦いが終わったあたりから、超絶な達人軍団との出会い、お宝争奪戦などのイベントが発生しはじめ、いつもの金庸小説らしくなる。
ストーリーはまさに満漢全席、エンタメのフルコースが楽しめる。郭靖と楊康の兄弟対決が序盤であっさり決着してしまうのに驚く人も多いのではないか。普通の小説ならラストに持ってきそうなイベントを早々に消化しちゃうんだから贅沢だ。それでいて、後に続く物語の勢いがちっとも衰えないのも凄い。
また郭靖が特定の門派や幇会に属しておらず、基本的に流浪の身なので、冒険小説としての趣も強いと思う。蒙古という故郷はあるけれど、漢人である彼のアイデンティティはあくまで中原にあり、最終的には蒙古とも決別してしまう。
一方、生まれのアイデンティティを容認出来ない対極の存在として楊康がいたわけだけど、何分作中の扱いがぞんざい過ぎたのは残念。郭靖と同じようにどんどん武功を伸ばして、同クラスのラスボスとして戦わせても良かったような。
また金庸の主人公があまり悩まない「武術を用いて人を殺すのは善なのか?」という問いに真正面から向き合ったのも良かった。

キャラについては、郭靖・黄蓉の主人公カップルが実に魅力的。一緒に冒険して困難を乗り越える場面が繰り返し描かれているのがいい。そんなの当たり前じゃんと言われそうだが、金庸作品において主人公とくっつくメインヒロインは大抵登場が遅く、かつ周囲のゴタゴタや妨害もあるせいで、カップルの絡みは意外と少なかったりする。それに比べると、黄蓉は登場も早いうえ常に郭靖と行動を共にしている。まあ郭靖の場合、黄蓉がいなかったら即死するか、狄雲みたいになっていたであろう局面が多すぎるので、作劇上あんまり二人を引き離せなかったのも理由の一つだとは思うけど。
あと、黄蓉は基本お転婆小悪魔キャラの設定だけど、実際は滅茶苦茶甲斐甲斐しい子だと思う。常に郭靖の意見を立てるし、特に重要な局面では必ず彼の言葉を優先する。終盤は郭靖のアホな判断で何度も裏切られながら、陰に隠れて彼を助け続ける姿が実に健気。世間の常識だのルールだのをガン無視して生きている東邪の娘でありながら、黄蓉の郭靖に対する恋愛姿勢はとても封建的で、俗世間の賢妻イメージまんまなのは何だか面白い。
物語の脇をかためる四大武術家と周伯通は本当に個性が強く、完全に主役達を食ってしまっている。何せ中盤以降、彼らが関わってこないエピソードが殆ど無い。武術の実力もそれぞれ圧倒的で、主人公が作中最高峰のレベルに到達出来なかったのはこの作品くらいではなかろうか。その影響力の大きさは続編でも受け継がれている。
そのほかにも血の気が大きすぎる丘処機、いかにも江湖の侠客らしい雰囲気を漂わせる江南七怪、凶悪性と悲劇性を併せ持つ梅超風など、魅力的なキャラは限りない。

金庸作品中でトップクラスな人気を誇るのも頷ける作品。