倚天屠龍記 レビュー

【中古】 倚天屠龍記(1) 呪われた宝刀 金庸武侠小説集/金庸(著者),林久之(訳者),阿部敦子(訳者),岡崎由美(その他) 【中古】afb

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射鵰三部作の最終作。
前作より百年後。江湖は伝説の屠龍刀・倚天剣をめぐる血生臭い争いが続いていた。正派の武当派と邪派の明教、両方の血を継いで生まれた張無忌は、奇縁に恵まれて絶世の武功を習得。英雄達をまとめ上げてモンゴルに挑む。

物語は元朝の末期へ飛び、江湖の闘争から漢人の王朝復興運動へと発展していく。主人公が一巻の終わりごろになってようやく生まれ、その後も長いこと少年時代の話が続き、まともに頭角を現すのは三巻以降と、非常にスケールが大きい。
本作の江湖は、誰もが特定の門派に所属しており、前二作のように個々の飛びぬけた達人が跋扈する時代ではなくなっている。もちろん、各門派に優れた使い手も存在するのだけど、戦闘も集団戦が基本なので、張無忌のような例外を除けば個人が無双する機会も少ない。こうした江湖の変遷が描かれているのも面白いところ。そして前作に引き続き、主役や善玉の後継者は一部を除いて軒並み酷いことになっている。特に峨嵋派は創始者の意志を悪い方面で受け継いだとしか思えない。

金庸作品でよくテーマになる「善悪の境界」についても、本作は天龍八部と並んで一番色濃く描けているのでは。正派と邪派、宋と元、そして謝遜を筆頭に善悪を両方内包した多数のキャラクター達など、時代背景や設定が、作品のテーマと深くリンクしているのが素晴らしい。主人公の張無忌は優柔不断なキャラとして批判されがちだけど、善悪の反転が激しい本作のカラーにはとても合っている。
恋愛ものとして読んでも、神鵰よりずっと面白い。趙敏、周芷若、殷離、小昭、どのヒロインも曲者揃いなことに加え、張無忌自身の性格もあって最終的に誰を選ぶのかが本当に読めない。とりわけ周芷若の存在感は圧倒的。ひたすら嫌悪感ばかり感じさせる郭芙や阿紫と違い、知力武力組織力をフルに駆使して悪事を働く彼女はカリスマぶりが光る。そんなわけで、金庸悪女の中でも一番好きだったりする。また、国も家族も捨てて張無忌への愛を貫いた趙敏も魅力的。黄蓉や任盈盈をはじめ、家族との絆を断ち切ることまで出来なかったメインヒロインも多いので、趙敏の潔さは際立っている。まあ、そんな癖が強すぎる彼女達を好きになれない読者も結構いるかも。
そのほか、屠龍刀&倚天剣、九陽真経、乾坤大挪移とお宝要素も沢山。どれも大きな謎が隠されており、前作から引っ張ってきた伏線の回収も見事。
とまあ、色々褒めたけどラストだけはもう少し何とかして欲しかったと思う。せっかく大きなスケールで始めた物語を、痴話喧嘩と子悪党の暗躍でおさめてしまうのはやっぱりもったいない。もう少し水増しして、元朝滅亡まで描いてくれた方がすっきりしたのでは、と感じる。

とはいえ、三部作のラストとして十分なスケールとエンタメ要素を盛り込んだ傑作なのは間違いない。

神鵰剣侠(神鵰侠侶) レビュー

【中古】 神雕剣侠(第一巻) 忘れがたみ /金庸(著者),岡崎由美(著者) 【中古】afb

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射鵰三部作の第二弾。
前作で横死した売国奴・楊康の遺児である楊過が主人公。彼の前には、父の死にまつわる怨恨、武芸を教えてくれた師との禁じられた恋愛、宋を狙う蒙古との戦争など、幾多の試練が襲い掛かる…。

物語は前作よりも陰惨な雰囲気が漂い、宋と蒙古の壮絶な全面戦争も描かれる。メディアでは至高のラブストーリーとして紹介されるけれど、恋愛パートの出来栄えは正直それほど良くないと思う。特にヒロインである小龍女の造型は明らかに失敗じゃなかろうか。彼女の言動・行動はどれも褒められたものでは無く、結果として悪い方向に及ばなかった(一部は明らかに人として間違ってるように感じるけど…)だけで、やってることは郭芙レベルと殆ど変わらない気がする。
二人の恋を阻む試練に対しても、小龍女は常に逃げの一手を続けるばかりで、正面から解決する姿勢を見せてくれない。もっとも、彼女がこういうヒロインだからこそ、劇毒を受けたり片腕を失っても彼女を求め続ける楊過の姿が、より感動的に見えるのも確か。
本作は恋愛ものではなく、楊過の成長譚として読んだ方が面白いと思う。楊過は郭靖と違い自立もしていれば行動力もあるので、自らぐいぐい物語を動かしてくれるのが良い。無個性で真面目な連中が多い金庸主人公の中では癖も強く、すんなり進みそうな展開を予想外な方向へかき回したりもする。
特に十六年後を描いた終盤は秀逸。月日の重みや、楊過の中年侠客としての落ち着き、キーポジションにいる郭襄の存在、再会の背後で始まる全面決戦など、話を盛り上げるためのシチュエーションがどれも完璧だ。
前作続投の五絶は相変わらず存在感が大きく、本作から登場する新キャラ達をも食ってしまっている。早くに欧陽峰と洪七公を退場させたのは英断だったのでは。それでも残り三人は十六年後の話まで生き延び、戦争にまで参加して大活躍。みんなもう九十歳軽く越えてるんですけどね…。
前作から月日を重ね、どっしりした中年侠客に成長した郭靖・黄蓉も沢山見せ場を与えられているが、楊過との因縁絡みではどうしても悪い印象がつきまとい、五絶に比べて損をしてるかも。

設定面では中盤以降のキーカードになる情花や謎生物の神鵰など、ファンタジーに片足を突っ込んだような要素が射鵰より増えている。荒唐無稽なカンフー描写を含め、ここらへんをすんなり受け入れられるかどうかが、武侠にはまる境目なのでは。どうでもいいが、金庸小説を読み慣れてくると、絶世の武術家が跋扈する江湖では、楊過のように片腕無くすことはさほどハンデじゃない気がしてしまう。敵キャラも含めれば五体不満足なケースは結構出てくるし。
そのほか、前作から思い切り堕落してしまった全真教や、あまりにあんまりな郭芙の造型は色々ショック。続作の倚天屠龍記でも感じることだけど、金庸先生は組織や血の継承に関して、結構ドライだと思う。

ちょっと批判気味なことも書いたけれど、十六年後の物語がとにかく素晴らしいので、それだけで全部許せてしまう傑作。