同人文芸誌Sugomoriから刊行されている短編小説。第三十二回文学フリマ東京で購入。
架空中華・大華帝国が舞台。皇帝の即位式に併せて蟠桃を献上することになった薬膳料理人の芦燕。が、その道中には新帝を巡る陰謀が渦巻き、様々な危険が待ち受けていた…。
Twitterでお洒落な表紙を目にしてからずっと買うのを楽しみにしていた本。
が…これは最後まで読むのがしんどかった。
以下、本当に申し訳ないんですけど、感じたままのことを書きます。
この作品、キャラとお話は良いとして、世界観設定の崩壊が甚だしい。
なにせ最初の一ページ目から、架空中華を描く際にやりがちなミスが発生している。
本作は架空の大華帝国が舞台なのだけれど、いきなり蟠桃の由来に「西遊記」というワードが出てくる。
西遊記!? いやそれは実在の中国が舞台の物語ですよ!
もしかしたらあの西遊記とは別物かも、と解釈しようにもちゃんと孫悟空、猪八戒といった名前まで出てくる。西遊記は唐朝が舞台のお話なのだから、それを出した時点で架空中華の世界観に矛盾が生じてしまう。
中華風小説のいいところは、中国ものを書くのにつきまとう難しい要素(儒教、纏足、科挙などなど…)の説明を省略しつつ、中華テイストに溢れた作品を描けるところ。ただし、情報の取捨選択を間違うと途端に自分で自分の世界観をぶち壊すことになってしまう。地名、官職、習俗のように、そのまま現実中国から引っ張ってきても問題無いものもあるけれど、西遊記や三国志演義などあからさまに実際の中国を連想させる書物や、あるいは宗教なんかを出してしまうと、読者に「これはどういう世界観なの? 架空中華じゃなかったの?」と違和感を抱かせてしまう可能性が高くなる。
本作はそれがあちこちで起きている。別に西遊記みたいなものを出すこと自体は問題じゃない。冒頭も西遊記とはっきり書かず、西遊記みたいな何か、で適当にぼかしてしまえば良かったはず。
これは中国知識の有無ではなく、単純に作者が世界観を構成するのがあんまりうまくない、ということなんだと思う(なぜなら、料理とか食材ではきちんと知識や描写が出来ているから。でも、表記がカタカナだったり漢字だったり統一されていないのは雑さを感じた)。いくら中華「風」であっても、テキトーに中華要素ぶちこめばいいという話ではない。これは西洋ファンタジーなんかでも同じことで、作者の力量や気遣いが顕著に表れやすい部分ではないだろうか。
まあ、設定がむちゃくちゃでもストーリーとキャラが優れていればなんだかんだ楽しめるんだけど、そのあたりが飛び抜けて良かったかと言われたら、うーむ。道中で江がただ者ではないことや、皇帝との関わりを仄めかす描写を重ねておきながら、芦燕がその正体に気がつかなかったのはちょっとご都合主義だった気がした(江は市井で噂になるほどの有名人でもあるし)。短い話なのに江の台詞には女たらしの浮ついたものが多く、なんというか女好きのナンパ野郎に感じてしまった。芦燕の「この方は私の立場を尊重してくれているんだなぁ」という好意的な解釈も、単に恋愛慣れしてない女の子がコロッと陥落しているようにしか見えないのが…。
恐らく、作者としては中華料理ものがやりたかったんだろうな、ということは想像がつく。地の文にカタカナ英語が混ざりまくってる(こういうことはプロ作品でも意図的にやったりするからあんまりどうこうは言わない。作者・読者の好みだと思う)し、はなから世界観構成を放棄しているのかもしれない。でも、そういうのは気を遣わないと作品が台無しになるだけだし、うーん、もう少し何とかすべきだったのではないかなぁと思う。