芥川賞作家・小田嶽夫による中国古典戯曲「桃花扇伝奇」のリメイク小説。
内政の腐敗と清朝の進軍で危機に陥る明。そんな中で繰り広げられる文人・候方域と名妓・李香君の悲哀を描く。
まず日本人作家が桃花扇の物語を書いていたことに驚いた。そんなわけで古本屋を探し回りゲット。
戯曲だった原作をうまく小説化しており、特に物語はとってもわかりやすく整理され、長さも中編程度で綺麗にまとまっている。登場人物については、明の奸臣達の偽善的で堕落した姿がかなり強調されている。そのぶん、主役カップルや史可法と河北四鎮などの描写が薄くなってしまったかも。
現代作家の手によるものなので、原作ではかなりぼかされていた清軍南下の背景もきっちり描かれている(原作の桃花扇は清朝期に書かれた作品なので、清を侵略者として描くことが出来なかった)。もっとも、これは現代中国のリメイク版でも普通に描けるようになっているから、本作だけの特徴ではない。
ラストの展開は原作と異なり、清に降伏する道を選び弁髪になってしまった候方域が、出家していた李香君から冷淡な眼差しを投げられ破局するというもの。
私はてっきり、これは欧陽予倩の話劇版を踏襲したものだと思っていた。あとがきによれば作者も欧陽予倩の話劇版を読んでいたという。ところが、同じあとがきの中で「話劇版は(原作と比べて)参考にならなかった」と書いてある。んん? じゃあなんであのラスト? 谷斯范の新桃花扇も参考にしたといっているので、そちらからヒントを得たのだろうかと思いきや、参考にはしたが趣きが大分異なっているそうなのでやっぱり不明。
そのうえ、他にもおかしなことが書いてある。候方域が愛に殉じた人物だった、というものだ。それは違うと思う。候方域も李香君も義と忠の人であり、二人の絆もそれによって結びついていたものだ。原作では国家の滅亡で、二人は愛ではなく出家を選択する。それは紛れもなく国への義と忠によるものだ。欧陽予倩版で二人が破局したのは、候方域がこの義と忠に背いたからだ。要するに信条への裏切りであって、愛に殉じたという綺麗な言葉で片づけられるものではないと思う。
このあとがきのわけのわからなさ、もしかして作者は桃花扇の物語をちゃんと理解していなかったんじゃなかろうか。実はラストに至るまでの展開も結構違和感がある。李香君側の心情描写が殆どないので、何故彼女が候方域を突き放そうとしたのか、いまいちよくわからない。私は欧陽予倩版話劇と同様、候方域の変節が理由だと考えているけれど、作者本人が参考にならなかった、と言っているくらいだから違うのかもしれない。
日本人による桃花扇のリメイク、という点では貴重な作品なのだけれど、特に面白いアレンジがされているわけでもないし、これなら普通に原作か欧陽予倩版を読んだ方がいい気がする。
コメント
興味深く拝読しました!二人の離別は、義に反したことが理由で、愛うんぬんではないのに賛成です。だから清代の扱いにいたったわけですし…ラストは欧陽予倩版と同じでも、かなり本質が違いそうですね(未読なんですが)。