虎頭牌

中国古典名劇選III [ 後藤裕也 ]

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世話物の元曲。作者は李直夫。「拝月亭」「射柳捶丸」「麗春堂」など、元曲には金朝が舞台もしくは女真族が主要人物のタイトルがいくつか存在する。

ものがたり
女真族の武将・山寿馬は朝廷より功績を讃えられて出世し、それまで就いていた千戸の地位を配下に譲るよう命じられる。折しも、育ての親である叔父夫婦が山寿馬のもとを訪問してきた。叔父の銀住馬は、これまで育ててやった恩返しにと、山寿馬に千戸の地位をねだる。山寿馬は酒癖の悪い叔父を心配しつつも任命。が、案の定銀住馬は任地で酒を飲み敵の略奪を許してしまう。どうにか奪われたものを取り返したが、彼を待っていたのは甥による処罰命令だった。銀住馬は自らの非を認めず乗り切ろうとするが、結局棒で四十打たれ、甥を酷く恨む。しかし真に苦しんでいたのは叔父を打たなければならなくなった山寿馬の方だった。山寿馬は虎頭牌を叔父に示し、処罰が自らの意思では無く軍令によるものだったと打ち明け、互いに和解の杯を交わすのだった。

本作は主要人物が女真人で占められており、台詞の一部には女真語も用いられている。当時は蒙古人の支配下であり、かつての征服者だった女真人が漢人と大衆文化を共有していたことは興味深い。本作の作者である李直夫は女真族の出身だという。ちなみに元曲の大家だった関漢卿も金の遺民説がある。元曲の作者は下層知識人が多かったという。戯曲作家の道は、科挙も無くなって暮らしに窮していた文人達にとって一つの生計手段だったが、伝統的な漢人の知識人からすると、いくら蒙古人の支配下で落ちぶれようが「庶民相手の戯曲作家なんて、いっぱしの学問を身につけた男の仕事じゃないやい!」というプライドが多少はあったかもしれない(当時、小説などの大衆文学は知識人層からすると低俗で手を出すべきものではないとされていた)。だからこそ、そこらへんに拘りのなさそうな女真人知識層が劇作家として花開いたのかも、なんて思ったり。元曲がもともと北方で隆盛した文化なので、素朴な作風が北方人の好みにマッチしていただとか、他にも色んな理由はありそうだけど。

ストーリーは上記の通り、親子の情愛を描いた作品である。こういうお話に民族の隔てはない。また時代の隔ても無い。現代人でもじゅうぶん楽しめ、共感出来るものとなっている。銀住馬はただの酒飲みジジイかと思いきや武功も備えていて、失敗はしつつもちゃんと略奪品を奪い返している。こう書くとなんか演義前半の張飛みたいだが、自分の過ちに対して平然と開き直るあたりが年寄りらしい。「息子のくせにワシを罰するとは何事ぢゃ!」と逆ギレする姿とか「千戸の位をくれ、頼む」とずうずうしさを発揮する姿はまさに老害。虎頭牌さまさまである。

コメント

  1. 黄梅 より:

    古典文学に描かれる非漢族はとても興味のあるところで、これも面白く読んだのですが、逆ギレ…笑 主人公の図々しさ、いっそ爽快でした(自分が家族なら怒るかも…)。いちばん好きな戯曲(越劇)は南方のなのに、考えたら文化的には北方の作風のほうが好みかも、と元雑劇読んてると思います…。評劇、豫劇なども好きなので(^o^)