価格:469円 |
楊逸の中編小説。2008年芥川賞受賞。
将来有望な青年だった浩遠は、中国民主化の学生運動に参加したことで退学に追い込まれる。日本へ移住し、貧乏に苦しみながらその後も民主化の志を捨てずにいた彼だったが、周囲はどんどん運動への熱を失っていき、無情にも数十年の時が流れていく…。
ミクロな視点から天安門事件を描いた作品。といっても実際の事件は中盤で少々触れられるのみ、主人公も天安門にいたわけではなく「運動が起きていた時期に喧嘩騒ぎを起こした」という半ばとばっちりな理由で退学処分され、未来を奪われてしまう。物語の大半は前途を失った青年のその後が中心。
天安門事件と聞くと、日本人は民衆を迫害した共産党のイメージばかりが先行して、肝心の運動側の実態を知らない(あるいは妥当した共産党側を絶対悪に見立て、運動側をそのぶん美化している)人も多いのではないか。個人的に、中国の革命運動は中華民国期にせよ人民共和国建国初期にせよ相当にグダグダで、天安門もその例からさほど外れていないと感じる。本作に出てくる運動家も美辞麗句で学生を扇動する教師、中身を伴わないぼんやりしたイメージで民主を叫ぶ学生、革命を利用して利に走る人間と、全然ろくなのがいない。これでは清末期の声だけでかい革命家達とおんなじでは……。ちなみに、若い学生達が熱に浮かされて暴走した危険例でいえば紅衛兵もそうだろう。私は小説が歴史の真実を描けるとは1ミリも考えていないけれど、それでも日本人が勝手に理想化している民主化運動家の印象を取り除く入り口として、本作はいい参考になると思う(あくまで小説なので、真実の検証がしたいなら専門的な本に触れるのをお勧めします)。
作中で一番感動したのは、終盤における浩遠と父との会話だった。これは読者が近現代の中国史を把握しているかどうかで全然感動具合が違うのだけれど、浩遠の父はかつて右派分子として下放(文革期、知識青年に表向き農業を学ばせるという名目で、政府に反抗的な人物を僻地へ追いやる政策)されてしまったエリート学生だったことがさらりと語られている。その後は右派の見直しが行われたものの、彼は平凡な農村女性と結婚し、地方の教師という小さな立場におさまる。つまり、浩遠は父親と殆ど似たような人生をたどってきているわけだ。父について意外と深く知らなかった浩遠は、同じく子供を持ち、断たれた夢を経験して、初めて親の心情を理解出来たのではないだろうか。
読んだ感覚としては映画の「芳華」あたりに近かった。近い歴史事件に触れようとすると、どうしても似た感じのアプローチになるのかと思う。コンパクトにまとまって読みやすいので是非。