昭和十八年-元日本兵の回顧

中国現代文学(第6号) [ 中国現代文学翻訳会 ]

価格:2,200円
(2020/8/27 22:43時点)
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全勇先の短編小説。ひつじ書房の「中国現代文学6」に収録されている。

あらすじ
韓国へ出稼ぎに出ていた中国人の私は、優しげな日本人の老人と出会う。すぐに打ち解けた老人は、五十年前の満州で起きた一つの事件について語るのだが…。

物語は主に老人の語る日中戦争期の満州が舞台。目の前の優しげな日本人が、かつて中国人の虐殺に荷担していた軍人だという事実を聞いて、そのギャップに呆然とする私が印象深い。
よくある日本の戦争回顧録では、軍隊生活における過酷ないじめをとりあげることが多いが、同じ兵隊同士の虐待でも、日本人同士より、現地で召集された中国・朝鮮兵士への方が酷かったのではないだろうか。作中の重要人物である中国人兵士・常高麗は文弱で、度々上官から制裁を受ける。掃除や料理などの仕事は出来でも、軍人として人を殺す訓練には進歩が見られず、兵士達からも馬鹿にされていた。が、彼が自殺まがいの行動を起こすと、驚いた日本人達はいじめはぴったり止めてしまう(こういうところが実に日本人っぽい)。
本作の肝である五頂山事件は、そんな常高麗が、現地へ視察に来た楠木実隆中将を銃で殺害するというもの。ここで日本人達は初めて、日頃の常高麗の態度や行動が、日本人へのささやかな抵抗だったことに気がつく。
中国側には常高麗のモデルとなった人物の記念碑があり、郷土資料にも件の事件が記録されているのだが、一方で日本の軍事史料には該当する人物がおらず、そうした事件があった記録も無いらしい。それと近しい楠本実隆という軍人がいるが、彼は戦死せず終戦を迎えている。日中戦争後の抗日映画ブームの時期は、映画のロケ地に(本当は戦闘など起きていなかったのに)記念碑が立ったり記録がでっちあげられたりといったことも多かったそうだから、本作についても事実のところはよくわからない。
だからといって、この作品が不当に中国人を英雄視して日本人を貶めている、という話ではないだろう。私がラストで直面したように、かつて中国を侵略していた日本人の存在を、どのように受け止めるべきか、それを読者に問いかける形で物語は幕を閉じる。
日本でも中国でも、このような作品がもっと沢山作られ、読まれるべきだと感じた。