1993年の大陸映画。北部の貧しい農村を舞台に、文革期の闇を描く。原題は「老人与狗」だが、日本では主要人物である女性を加えて「犬と女と邢老人」とわかりやすいタイトルにしている。監督は「芙蓉鎮」などで有名な謝晋。原作は傷跡文学で有名な張賢亮。
ものがたり
北部の貧しい農村に犬と二人きりで暮らしている邢老人。ある日、物乞いの女が訪れたので面倒を見てやる。彼女は富農出身のため迫害され、山の村から逃げてきたのだった。生産隊の天貴の勧めで、邢老人は女を娶ることにする。しかし女の階級のせいで、正式な結婚は認められなかった。近づく冬を前にして、女は姿を消してしまう。やがて、文革の本格的な波が村にもやってきた。穀物の消費を抑えるため、村中の犬を処分するよう党から命令が下る。邢老人は必死に抵抗するが、やってきた民兵によって犬は殺されてしまうのだった。
文革後、その破壊や事件を扱った傷痕文学が書かれるようになり、さらに80年代後半にかけて多数映画も制作された。本作もその中の一つ。あらかさまな党批判を避けるためか、文革の被害は降ってきた災難のように描写される。背景や事件についても結構ぼかしが入るので、予備知識なしに見るとわからない部分も多くなりがち。
本作も文革の問題を描いているのだが、作中で起きているのは貧農にすむ老人のごく個人的な悲劇だけで、まあこの程度なら「共産党が悪い!」「文革が悪い!」なんてメッセージ性は薄いだろう。それでも、女の口から出てくる大寨運動、富農出身のため結婚できない、林彪批判のスローガンなどなど、制作側がそこかしこに文革の闇を感じられるヒントを小出ししている。
階級闘争で荒れまくる女の出身地も嫌だが、邢老人の村も噂が一瞬で広まり、下品なとこまでプライバシーが筒抜け。こっちはこっちで暮らしづらそうだ。
荒涼とした景色と、埃っぽい映像はいかにもこの時期の大陸映画といった感じ。文革ものに触れたい方にはおすすめの一作。
以下キャスト
谢添/邢老汉
村の老人で犬と二人暮らし。六十歳を過ぎているが妻もおらず女も知らない身。素朴で善良。物乞いに来た女をかくまい、やがて娶ることになるが彼女の抱える政治的な問題には何もしてやれず。
斯琴高娃/匡玉清(逃荒女)
山の村から逃げてきた女。大して裕福な暮らしをしていたわけでもなかったのに富農認定されてしまい、嫁いだ家から逃げ出して邢老人の村にやってくる。迫害を恐れてなかなか自分の素性を明かそうとしなかった。年は四十前で、子供も二人いる。夫は恐らく批判対象となり下放されたか殺されてしまった模様。彼女が逃げた後も迫害は続き、舅は足を折られ、子供は働きにかり出されていた。
高保成/魏老汉
邢老人のご近所。女を娶るように勧めた。
冯恩鹤/魏天贵
魏老人の息子で村の生産隊の隊長。党からの命令は守るものの、その政治的な意図については馬鹿馬鹿しいと思うなど良識派。富農階級の女が結婚出来ない問題に対しても現場対処で柔軟にすり抜けようとした。が、犬の処分については生活上重要な問題でも無いし政治的にうるさいからと、邢老人の立場に同情しつつも命令に従った。
孟瑾/马三婆 刘洋/天贵妻 韦歧琴/乔二 卢春梅/小虎妈
村の女性達。お節介焼き。邢老人と結婚した女への視線がなんかヤダ。本人達は好奇心半分、好意半分なんだろうけど。
王志洪/聂队长
県から来た人民公社の隊長。村人達に階級運動を促し、犬の処分を命じる。真面目に話を聞かない村人達の描写がいかにも県と田舎の政治的意識の差を感じさせて面白い。
高妍/小雪
村の生産隊の女子。帳簿をつけたり、邢老人の失踪した女捜しに同行したりする。劇中では全然説明されないけど恐らく党員か紅衛兵かな?