金庸武功考察 連城訣より「連城剣法」

【中古】 連城訣(上) 菊花散る窓 徳間文庫/金庸【著】,岡崎由美【監修】,阿部敦子【訳】

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この考察は本編に関する重大なネタバレを含んでいます。未読の方はご注意ください。

金庸の武侠小説「連城訣」。主人公の狄雲は金庸作品の主人公で最も不幸なキャラとして有名。
タイトルにも使われている「連城訣」は、六朝時代の大宝蔵のありかを示す口訣だった。口訣といっても、実態は数十の数字暗号であり、単体では意味がわからない。
これを解くのに必要なのが、口訣と共に受け継がれてきた連城剣法である。別名、唐詩剣法とも呼ばれ、型の一つ一つが明の「唐詩選」の詩に対応している。剣譜も見た目は市場で売られている「唐詩選」と変わらないが、実は頁の端を濡らすと上記の口訣が浮かび上がる細工がされていた。作中では口訣と、剣法に対応した詩の字を照らし合わせていくことで、大宝蔵の在処を導き出す仕組みになっていた。具体的には下記の通り。
1、連城訣の最初の数字は「四」
2、連城剣法の最初の一手は杜甫の「春帰」の詩。この詩の四番目の字は「江」。
3、あとは1、2の手順を繰り返すと「江陵城南偏西天寧寺大殿仏像向之虔誠膜拝通霊祝告如来賜福往生極楽」の文字が導き出される。大宝蔵は江陵城の天寧寺という寺の仏像に隠されていた。

さて、この連城剣法だが、作中の複雑な経緯からオリジナル含め四種類の剣法が存在している。
1、梅念笙の連城剣法
オリジナルの剣法は、湘中武林の名士・梅念笙に継承されていた。彼は口訣も含め、連城訣の謎を全て知る人物でもあった。

2、万震山・言達平・戚長発の連城剣法
梅念笙には万震山・言達平・戚長発という三人の弟子がいた。しかし、彼らは邪な性格だったため、梅念笙は伝授をためらい、剣法も型をわざと歪め、弱体化したものを教えた。もちろん口訣についても明かさなかった。そのため、後に三弟子から反逆され死に追い込まれている。オリジナルとの違いは、見た目ばかりで実用性の低い技が多いこと、神照経の内功が無いこと。梅念笙の台詞からすると、オリジナルの連城剣法もそこまで優れた技ではなく、強さの本質はあくまで神照経の方にあったようだ。三弟子もそれぞれ内功を身に着けているが、神照経ではなかった模様。とはいえ、剣法はちゃんと連城訣の口訣に対応しているので、後述する二つと異なり、宝蔵の謎は解けるようになっている。したがって表面上はオリジナルとそこまで大差が無いのではと思われる。

3、万一門の剣法
師を殺害し、二人の兄弟弟子とも仲違いした後、荊州に落ち着いた万震山は八人の弟子をとって剣術を伝授。連城訣の秘密を秘匿しておきたい意図から、名を唐詩剣法に改める(もともと連城訣の別名としても使われていたので秘匿効果は薄そうだけど)。さらに梅念笙と同じく型を歪めて教えた。これにより、もともと弱体化させられていた万震山の剣術は、弟子世代でさらにレベルを落とし二、三流どころに。ちなみにこの秘密は実の息子・万圭にも長らく打ち明けていなかった。
中盤、牢獄から出てきた狄雲と五年ぶりに戦った万圭は、腕を大きく上げていたにもかかわらず「刺肩式」の一手を防げなかった。技が酷いのでいくら稽古を積んでも成果に繋がらなかったようだ。

4、戚一門の剣法
戚長発も二人の弟子(狄雲、戚芳)をとる。こちらもやはり万震山同様の意図で型を歪めて伝授。名前も「躺屍剣法」というヘンテコなものに変えている。型通り戦うより、無茶苦茶に剣を振り回した方が強い、というレベルのひどさで、狄雲も序盤を除いて殆ど使っていない。

他にも、上記にあてはまらないもう一つの連城剣法が登場する。狄雲が言達平から習った「刺肩式」「耳光式」「去剣式」の三手である。物語の序盤、万震山と戚長発が久しぶりに対面することになり、その中で狄雲が万震山の弟子達と諍いを起こす。乞食に扮装して万家に潜入した言達平は、兄弟弟子達の疑心を煽ろうと、狄雲に「刺肩式」「耳光式」「去剣式」の三手を教えて万家の弟子達と戦わせる。三手とも、従来の連城剣法と同じく唐詩からとった技名があるのだが、言達平は狄雲にも覚えやすいよう上記の名に改めた。
作中描写を見る限り、言達平と同世代の万震山や戚長発はこの三手を見て驚いており、どうも自分達では使えない様子。それでいて、一目で連城剣法だとわかるほど型の特徴をとらえているようだ。
また驚くべきことに、雪山で狄雲が花鉄幹に使用した時も、ただ一手で「連城剣法だ!」と反応されている。花鉄幹は江南武林の長老格で見聞も広く、梅念笙の技を直で見ていた可能性も考えられる。
つまり、作中で明言こそされていないものの、この三手はかなりオリジナルの連城剣法に近い技らしい。
どうして言達平だけが、このような技を開発出来たのか。実はそれに対する答えらしきものを物語序盤で戚長発が口にしている。三人の弟子達の中では、言達平の腕が一番高かったというのだ。もっとも、神照経と血刀門の技を究めた狄雲からすると、三手の剣法も「大したことない」レベルのものらしく、万震山相手では通用しないだろうと推測している(実際、狄雲がさらに格上の達人である花鉄幹に用いた時は、不意打ちで食らわせた耳光式のびんたを除き全てかわされてしまった)。言達平がこの三手を作った意図も、あくまで兄弟弟子達を欺くためであり、威力はそこまで求めていなかっただろう。

ところで、梅念笙は丁典に口訣だけ教えて連城剣法の方は教えていなかった。いったいどうやって宝蔵を見つけさせるつもりだったのだろうか。作中描写の限りだと、丁典が宝蔵の存在を知ったのも凌退思に捕まって拷問を受けてからのようだし。うーん、謎だ。