金庸原作の武侠小説「射雕英雄伝」改編作品。監督は武打といえばこの人な徐克。
ネタバレあり感想なので鑑賞まだの方はご注意ください。
あらすじ
草原育ちの宋人・郭靖は中原で武芸の修行を積み優れた達人へ成長。その旅の途上で出会った娘・黄蓉と相思相愛になるも、誤解から離れ離れになってしまう。彼女の行方を追って金と戦争中の蒙古までやってきた郭靖だが、そこには彼の奥義を狙う宿敵、西毒欧陽鋒の影があった……。
改変度合いが大きく、原作とはかなりかけ離れた作品となっている。とはいえ、基本的に金庸作品は長大なので、本作のような単発映画作品では改編されるのがセオリー。なので鑑賞前はどんな風にアレンジされるか楽しもう!と思ってました。大陸の売上もいいし、Twitterでの評判も良さげなので期待してたのですが…。
結論から言うと、面白いけれど手放しで褒められる作品では無いかな~という感じ。
鑑賞後、特に気になったのが下記二点。
・ストーリー構成が良くない。制作側の意図的な歪ませを感じた。
・アクション(特に個人の戦い)が少ない。
まずストーリーだけど、私が良くないと思ったのは原作部分をダイジェストで流したところとか設定の説明不足とか原作重要キャラがいないとか、ではない。そんなのは金庸の単発映画ではしょっちゅうなので気にならない。
特に本作の場合はオリジナル要素強めなので、一つの作品として話がきちんと成立してればいいんだけど、正直すっきりしない部分の方が目立った。
一つには金の扱い。前半で作劇上倒すべきメインの敵として描写しているし、そもそも蒙古が宋を攻めるきっかけになったのも彼らと戦うためだったのに、途中から放置されてそのまま言及なし。蒙古が宋の攻撃をやめたとしても、じゃあ金のことはどうすんの?と話が振り出しに戻るだけで何の解決にもなっておらず、結果として戦を止めた郭靖の行動にもケチがついたと思う。
その郭靖は、宋へ積極的に愛国的な言動・行動を見せる一方、蒙古に対しては随分冷たい。蒙古は目下金と戦争中で、作中見る限り犠牲者も沢山出ているし、郭靖もそれを目にしている。草原には自分を息子扱いするチンギス・ハーン、想い人ではないにせよ幼馴染として助けの手を述べてくれるコジン、常に暖かく迎えてくれる義兄弟のトゥルイに弓の師匠ジェベ、他にも郭靖を慕っている兵達の存在がある。また草原は郭靖が長く育った故郷で、金は父を殺した敵国でもある。
これだけ条件が揃っているにもかかわらず、郭靖が蒙古と金の戦いに力を貸さないのは明らかに不自然。
蒙古が金を倒すために宋を通過しなければならない点も、郭靖が「私が岳飛の残した兵法で金を打ち破りますので、宋と争うのはおやめください!」と言うのが順当な流れではなかったろうか。彼がやったことといえば前半でトゥルイたちを通りがかりに助けたくらい。ラストの欧陽鋒戦も彼を仕留めず逃している。いずれにしても欧陽鋒を退けただけでは金の脅威が消えないので助力としてはやはり中途半端。結局、蒙古は宋の領土を通過できなくなったので、今後も犠牲を払いながら戦い続けるしかないわけだ。
なので、映画の物語を見るだけだと、祖国を守る代わりに故国の窮状は無視した郭靖、という英雄らしくない印象が残ってしまった。
恐らく日本人の多くは原作未読で鑑賞してるっぽいので「ダイジェスト部分だらけだし、わからないところは原作で補完されてるんだろう」と思って、私みたいな違和感を生じたのは少数派かもだけど…。
ちなみに原作では郭靖が蒙古軍に参加して金を追い詰め、そこで戦も終わりかと思いきや野心を止めないチンギスハーンが宋をも攻めるよう命じて郭靖は拒否、宋に逃れ蒙古と戦う、という流れなので、ちゃんと故国・祖国両方に筋は通している。
あと、これは私が予告見て誤解してたんだけど、今回は映画オリジナルの展開でてっきり郭靖が宋と蒙古の板挟みで葛藤するのかと思ったら普通に最初から宋>>>蒙古でした。何故堕落している宋につくのか、郭靖は守りたい人がいるからと答えるがこれも後付けの理屈にしかなってなくて、それこそ「大事な黄蓉だけ草原につれてきて、蒙古軍で金と戦えばいいのでは?」という話。郭靖は黄蓉がいようがいまいがはなから宋に忠実なのだ。
中国文化に深く触れてる方はご存じかもだけど、中国はお国柄的に祖国>故国、生みの親>育ての親な思想が強い。
本作ラストでのハーンと郭靖のやり取り(お前に蒙古の名を与えれば良かった→名を変えても自分は変わりません)なんかはまさにそれを象徴していて、どれだけお世話になっても祖国の方が大事だよというドライなメッセージに聞こえてしまった。「宋の攻撃には反対だが、金とは力を合わせて戦いましょう!」みたいな台詞が出てきたっていいのに、とにかく非協力的だ。
原作の郭靖も強い愛国心の持ち主で、蒙古とは徹底抗戦を貫いているが、原作者の金庸先生は「射雕」の続編「神雕剣侠」後書きでこんなことを述べている。
郭靖說:「為國為民,俠之大者。」這句話在今日仍有重大的積極意義。但我深信將來國家的界限一定會消滅,那時候「愛國」、「叛國」等等觀念就沒有多大意義了。然而父母子女兄弟間的親情、純真的友誼、愛情、正義感、仁善、勇於助人、為社會獻身等等感情與品德,相信今後還是長期的為人們所讚美,這似乎不是任何政治理論、經濟制度、社會改革、宗教信仰等所能代替的。
郭靖の「国のため民のためこそ侠の中の侠」という言葉は、今なお肯定的な意味を持っているが、私は、将来国境が消滅するだろうし、そのとき「愛国」や「抗戦」などの観念は大した意味がなくなると信じている。しかし、親子兄弟の感情、純粋な友情、愛、正義感、善意、そして人助けや社会貢献といった感情やヒューマニティは今後も長く賞賛され、いかなる政治理論や経済制度、社会改革、宗教信仰などでも代替できないように思う。
以上、1976年版の後書きより。翻訳は日本語訳をそのまま引用。
射鵰英雄伝が書かれたのは半世紀以上前である。まあ金庸先生の想いは別として、私もこのグローバルな現代社会で、いまさら祖国第一な愛国心を仄めかされるのはちょっとなぁ…と感じた。まあ抗日とか国共内戦ドラマなんかでは未だによく見る光景じゃん、といわれればそうだけれど…。
補足しとくと制作陣にモンゴル人を批判する意図はまったく無いと思う。むしろ演員さんがモンゴル語を話したり、蒙古キャラが原作の五割増しくらいに人格的な改編されてたりするので忖度すら感じる。だからこそ、郭靖が蒙古と協力して金と戦わない違和感が余計に際立つ。
他にも、前フリだけしてそれを活かさない場面が多い。例えば郭靖の軍事訓練の場面を描いておいて、実際にそれを使う戦争場面が無し。エンディングでしれっと流してたけどそれは違うだろ。一応あのシーンとしては、影でこっそり郭靖に兵法書の助言をする健気な黄蓉との絆を描く意義があったけど何だかなぁ。
欧陽鋒を筆頭にした敵キャラ達の扱いも疑問。本作の欧陽鋒は金の国師という独自設定があるので、多分金との戦争中に郭靖と戦うんだろうなと思ってたら先述の通り金のことはうやむやだったので、ラストに無理矢理ねじ込みました感が凄い。一応、蒙古とは敵対してたのでチンギスハーンの命を狙う展開も納得出来ないわけではないんだけど、前半は郭靖と黄蓉を引き離すための、後半はアクション要員のための舞台装置としての扱いが強くて、単体のキャラとして成り立ってないな…と。あと、欧陽鋒を生かしておいてどうするつもりだったのだろうか。続編できるような雰囲気には見えないけれど…。ボスをきっちり成敗しないのも武侠ものとしてはすっきりしない。というかこの映画、意図的に郭靖に殺しをさせない描写が随所に見られていて(前半の霊智も自分の得物で死んだのでほぼ自滅)、ヒーローの手を汚させたくないという制作側の作為が臭ってなんかやだな~と思ってしまった。郭靖が戦場に出なかったのもそのせいかも。
次に気になった二つ目。アクションの少なさ。郭靖は主人公なのにまともに戦ったのは前半の霊智上人と最後の欧陽鋒くらい(あとは回想シーンもあったか。短いけど)。というか戦争というシチュが用意されてるんだから、欧陽鋒みたいに郭靖も軍隊相手に無双して暴れ回る場面を見たかった。
ラストバトルの欧陽鋒戦も、ダイナミックなCGの迫力はともかく盛り上げ方が良くないと思う。回想→震驚百里で倒す。最終決戦→やっぱり震驚百里で倒す。ではあまりに芸がない。そこは「震驚百里が通じない!?」とやるとこじゃないのか。欧陽鋒はせっかくパワーアップしても素の実力が結局郭靖優位気味だったのががっかり。もっとボスキャラらしい強敵感を出せなかったものか。
他にも、梁子翁を始めとする配下を何も説明せずフェードアウトさせるくらいなら戦って退場させて欲しかったし、黄蓉のまともなバトルが華箏との喧嘩だけだったり、武侠映画としてはとにかくバトル不足感が強かった。
ちょっと不満ばかりなのもあれなので良かったところも幾つか。
・黄蓉と華箏、どちらかのヒロインが悪者な感じになることなくバランスの取れた話になっていてとても良かった。
・音楽。83年ドラマ版のアレンジを随所で使っていて盛り上がる。特にOPはかっこ良かった。五絶は本編で出てこないのもいたけど笑
・二人を巡り合わせる風車やのろしといったギミックは映画オリジナル。なんか最近の古装こういうの好きだね。冒頭であまりに色々はしょったのでそれを補う意味ではとても良かった。
・CG演出は最近の大陸映画らしくこなれていて大変好み。戦争場面のスケール感も素晴らしい。
・宋・金・蒙古みんな甲冑スタイルなのはちょっと斬新に感じた。金はちゃんと狼牙棒を使ってる。
・基本的に大陸日本問わず好評なのはやっぱり肖战人気のおかげじゃないだろうか。かっこいい彼の姿を拝む意味では申し分ない映画。
以下キャスト(気になった方だけ)
郭靖/肖战
原作とかけ離れた完全無欠ヒーローになってる。武功も最初から最強。自分のことをバカというけどただの謙遜にしか聞こえないレベルで完璧。どちらかといえば「神雕侠侶」時代をイメージしたキャラ造型かな。演技もうまくて安心して観ていられる。まあ文句は上で述べたとおりで制作側が
郭靖に殺しをさせたくない→戦争には参加させないないし極力戦わせない。
郭靖の愛国心を半端なものにしたくない→終始蒙古側の戦いに非協力的なスタンスをとる。
みたいな演出をしてるのが気になった。
黄蓉/庄达菲
五説の一人・黄薬師の娘。可愛さよりも凛々しさ強めなビジュアル。本来はもっと明るい性格なんだろうけど作劇上暗めの顔をしている場面が多い。
何製なのか不明なびょんびょん棒の打狗棒術は面白かったけど、結局まともに使われたのがヒロイン同士のケンカだけ…なのがちょっと。
華箏/张文昕
ヒロインその二。蒙古の公主。原作ではただの当て馬だったのが物凄い立派なヒロインに改変されてる。衣装がとっても可愛い。武闘派なのも良い感じ。
成吉思汗/巴雅尔图
蒙古の部族を束ねる長。原作にあった野心的な一面は削られ、郭靖の話もちゃんと聞ける物わかりのいいおっちゃんになっている。
欧陽鋒/梁家辉
本作のボスキャラ。五絶のうち西毒。化け物みたいなビジュアルで登場。映画では改編により終始郭靖以下の実力という悲しい扱い。もっとアホみたいな強さで暴れて欲しかった。ボスが弱い徐克映画なんてつまんない。
洪七公/胡軍
郭靖の師匠。五絶のうちの北丐。回想シーンのみ登場。降龍十八掌の圧倒的な威力は九陰真経による底上げ効果だろうか? 本来は西毒と互角なはずだけど…。
なんとあの胡軍が演じている。と、歳をとってしまった気がする(自分が)
一灯大師/吴兴国
五絶のうちの南帝。なんか凄い僻地に住んでた。原作では一陽指と先天功の合わせ技で黄蓉を治療したが本作では九陰真経の奥義を使用。今回の九陰真経は万能過ぎて原作未読だとナニこれ?ってなりそう。
李萍/蔡少芬
郭靖の母。息子の足手まといにならないよう自害する場面は、上の感想で述べた点と相俟って愛国主張強め。なんか抗日ドラマとかで出てくる母親キャラを彷彿とさせる…。