倚天屠龍記 レビュー

【中古】 倚天屠龍記(1) 呪われた宝刀 金庸武侠小説集/金庸(著者),林久之(訳者),阿部敦子(訳者),岡崎由美(その他) 【中古】afb

価格:200円
(2020/9/22 12:39時点)
感想(0件)

射鵰三部作の最終作。
前作より百年後。江湖は伝説の屠龍刀・倚天剣をめぐる血生臭い争いが続いていた。正派の武当派と邪派の明教、両方の血を継いで生まれた張無忌は、奇縁に恵まれて絶世の武功を習得。英雄達をまとめ上げてモンゴルに挑む。

物語は元朝の末期へ飛び、江湖の闘争から漢人の王朝復興運動へと発展していく。主人公が一巻の終わりごろになってようやく生まれ、その後も長いこと少年時代の話が続き、まともに頭角を現すのは三巻以降と、非常にスケールが大きい。
本作の江湖は、誰もが特定の門派に所属しており、前二作のように個々の飛びぬけた達人が跋扈する時代ではなくなっている。もちろん、各門派に優れた使い手も存在するのだけど、戦闘も集団戦が基本なので、張無忌のような例外を除けば個人が無双する機会も少ない。こうした江湖の変遷が描かれているのも面白いところ。そして前作に引き続き、主役や善玉の後継者は一部を除いて軒並み酷いことになっている。特に峨嵋派は創始者の意志を悪い方面で受け継いだとしか思えない。

金庸作品でよくテーマになる「善悪の境界」についても、本作は天龍八部と並んで一番色濃く描けているのでは。正派と邪派、宋と元、そして謝遜を筆頭に善悪を両方内包した多数のキャラクター達など、時代背景や設定が、作品のテーマと深くリンクしているのが素晴らしい。主人公の張無忌は優柔不断なキャラとして批判されがちだけど、善悪の反転が激しい本作のカラーにはとても合っている。
恋愛ものとして読んでも、神鵰よりずっと面白い。趙敏、周芷若、殷離、小昭、どのヒロインも曲者揃いなことに加え、張無忌自身の性格もあって最終的に誰を選ぶのかが本当に読めない。とりわけ周芷若の存在感は圧倒的。ひたすら嫌悪感ばかり感じさせる郭芙や阿紫と違い、知力武力組織力をフルに駆使して悪事を働く彼女はカリスマぶりが光る。そんなわけで、金庸悪女の中でも一番好きだったりする。また、国も家族も捨てて張無忌への愛を貫いた趙敏も魅力的。黄蓉や任盈盈をはじめ、家族との絆を断ち切ることまで出来なかったメインヒロインも多いので、趙敏の潔さは際立っている。まあ、そんな癖が強すぎる彼女達を好きになれない読者も結構いるかも。
そのほか、屠龍刀&倚天剣、九陽真経、乾坤大挪移とお宝要素も沢山。どれも大きな謎が隠されており、前作から引っ張ってきた伏線の回収も見事。
とまあ、色々褒めたけどラストだけはもう少し何とかして欲しかったと思う。せっかく大きなスケールで始めた物語を、痴話喧嘩と子悪党の暗躍でおさめてしまうのはやっぱりもったいない。もう少し水増しして、元朝滅亡まで描いてくれた方がすっきりしたのでは、と感じる。

とはいえ、三部作のラストとして十分なスケールとエンタメ要素を盛り込んだ傑作なのは間違いない。