中国古典小説「紅楼夢」の金陵十二釵を特集するコーナー。今回は生まれる時代に恵まれなかった千金小姐・巧姐についてです。
劇中の経歴
栄国邸の賈璉・王熙鳳夫婦の娘。幼名は大姐児。幼い頃から病弱で熙鳳を心配させる。七月七日(巧日)という縁起の悪い日に生まれたが、劉ばあさんから逆に「巧」の字を使って悪い運を取り払うべしとアドバイスされ、巧姐に改名。その後はすくすく育っていった。賈家が没落して母は病死、父も不在の時を狙われてあくどい親戚達の手で身売りされそうになったが、劉ばあさんの活躍で救われる。その後、城外の金持ちである周家と婚約した。
人物について
主要キャラクターの中では特に幼く、あまり表立って物語に出てこない。副冊の女性達や侍女キャラの方がずっと出番が多いくらいである。が、金陵十二釵は当時を生きた女性の不幸パターンを網羅する存在であり、巧姐がこの中に含まれているのにもちゃんと意味がある。
彼女の不幸は、落ち目の大貴族に生まれてきてしまったことである。母親を幼くして亡くし、物心ついた頃には家の栄耀栄華も失われている。現行の後四十回において、賈家は曹雪芹原案の「すっからかんでまっさらな大地」にこそなってないが、史太君を筆頭に多数の人物が亡くなり、家宅捜索やら窃盗やらで家計へのダメージも大きく、元通りの復興は望めない。結婚相手も、本来なら大貴族のお嬢様として相応の相手と結ばれるはずだったろうに、田舎の金持ちレベルまで落ちてしまう。死んでしまった他の十二釵に比べたらマシかもしれないが、幸せか不幸かでいったらやはり後者だろう。
例によって巧姐も家族には恵まれていない。父の賈璉は遊び好きで、娘を可愛がる描写に乏しい。さすがに彼女が身売りされそうになった時は心配したが、まあそれを機に大事にするようになったかも微妙なところ。母の熙鳳は終盤で死亡。愛情は受けていたが、熙鳳は生前内外で恨みを買っていたため、その余波が娘の巧姐にも降りかかってきたであろうことは想像に難くない。現に、第百十四回では叔父にあたる王仁が葬儀にかこつけて「俺は叔父さんだから、幼いお前の代わりに母親の遺産を管理してやろう」と図々しく乗り込んでくる。落ち目の賈家にはろくな金が残っておらず、巧姐は正直にそれを打ち明けるが、クズの王仁は「嘘をついて金を隠そうとは可愛くないガキだ」と曲解する始末。身内がこんな有様なのだから救われない。
もちろん、味方になる人物もいるにはいる。一人は熙鳳の側近侍女である平児。主人とは小さな頃から仕えて気心も知れた仲。熙鳳の死後は賈璉の正妻に昇格したので、母親代わりにはなるだろう。もっとも賈家は身分にうるさいので、侍女あがりの平児が熙鳳ほどの権力を持てるとは思えない。生き残った姑連中の王夫人や邢夫人も、熙鳳とはあまり折り合いが良くなかった。巧姐が安心して過ごすには、平児だけだと心許ないような気もする。
もう一人が劉ばあさん。熙鳳とは身分を越えた友情で結ばれ、巧姐の名付け親でもある。終盤、巧姐が身売りされそうになった時も救出に尽力している。最後は周家と巧姐の縁談を取り持つなど、まさに後見人的存在。しかし彼女は田舎のばーさんなので、貴族の生活感覚にはとんと疎い。縁談を進めた際も、都育ちの若い多感な娘が田舎暮らしに適応出来るか、といったところまで気を回せていなかったのでは。まあこの時代の結婚は基本的に親や後見人が決めるので、どのみち本人の気持ちなんか知ったこっちゃないだろうけど…。
後四十回で縁談を結んだ周家については、城外で広い土地を持っている金持ちで、息子が若くして学問に励み、秀才の地位を得ていると説明されている。とはいえもとは百姓の家系なので、大貴族の賈家とは明らかに家柄の釣り合いがとれていない。仮に賈家が没落していなかったら、多分嫁ぎ先には選ばれなかっただろう。縁談については父の賈璉だけでなく、祖父母の賈赦・邢夫人も了承したそうたが、彼らは迎春をクズ野郎の孫紹祖へ嫁がせるような人達なので、孫のこともちゃんと考えて了承したかはすこぶる怪しい。
原案だと、妓院へ身売りされたところを劉ばあさんに買い取られ、彼女の孫である板児の嫁として迎えられたという。身柄を買うには結構な金がかかっただろうし、落ちぶれた貴族の娘では縁談相手も見つからず、やむを得ない落ち着きどころだったのだろう。第五回の判詞には機織りをする彼の絵がそえられており、貧しい田舎の農婦として一生を終えたと思われる。後四十回よりも悲壮さの漂う最後である。
ちなみに、前八十回だとまだ赤ん坊くらいな印象なのが終盤で一気に成長したように見えてしまうが、これは後四十回は月日の経過描写が前八十回と比較して早いため。まあ巧姐に限らず、紅楼夢は年齢がはっきりしないキャラが結構いるけど。
映像作品でも出番は少ないが、ドラマ版では作中の時間経過をちゃんと反映して赤ん坊・少女で二役用いていることが多い。
長らくだらだら書いてきたこのコーナーも、次回で最後になります。
トリを飾るのはやはりあの人。中国古典小説永遠のヒロインです。お楽しみに。