キリンライナ

小説サークル「行雲流水」添田健一氏による長編小説。タイトルの通り、中国で伝説の霊獣とされていたキリンを、明の宦官である鄭和の艦隊が、遠くアラビアの地から南京まで運ぶ海洋ロマン。

なんといっても物語のコンセプトが良い。漢の張騫や唐の玄奘をも圧倒するスケールの冒険には心躍らされるし、旅の目的がこの手の小説にありがちな財宝や戦争ではなく、生き物であるキリンの輸送というのもいい。まるきり虚構の話では無く、史実でも鄭和艦隊が第五回の航海でキリンを中国に持ち帰っているので、歴史を知っていればなお楽しめる要素が盛りだくさん。もちろん、歴史好きでなくとも十分楽しめる。当時の年表や、主人公達の航海図もついていて色々読者に優しい。

とりわけ素晴らしいのが、航海における生活描写。なんといってもまだまだ海が危険だった頃のお話なわけで、針路の計算や食事の保存方法など、現代とは色々事情が異なっている。それらの部分について、細やかな描写が積み重ねられており、物語に大きな説得力を持たせている。ゲリ→キリン、コーヒー→カウヒなどのように、わざわざ異国情緒が感じられる言語表現を用いているのも、作者の繊細さが感じられる。物語の核となるキリンの飼育描写は特に力が入っており、読めば唸らされること間違いなし。

海洋小説ということで、中国人だけでなくアラビア人や琉球人など多数の国の人々が登場するのも見どころ。キリン輸送の目的のため、国の垣根を越えて自然と団結している彼らの姿は実に微笑ましいし、食事やちょっとした余興を通じて、異国人同士の文化交流が描かれているのも楽しい。このへんにも、作者の細やかな遊びが入っているので、歴史好きは元ネタを探す楽しみがある。
強いて気になった点があるとすれば、登場人物が全員有能なので、次々迫りくる危機も割とすんなり乗り切ってしまっているところだろうか。ヒロインの彩霞にしても、彼女をとりまく周都督やナジームにしても、根っからの善人で癖も少なく、物語を無駄にかき回したりしない。一人くらい、ヘンテコなキャラが混じっていても良かった気がする(安寧郡主がもうちょっとハジけてくれれば良かったのかも)。もっとも、この毒の無い作風こそが添田氏の持ち味でもある。もともと物騒な感じのストーリーではないわけだしね。

とにかくスケールの大きい小説なので、中国好きのみならず、歴史好きなら是非とも手に取っておきたいおススメの一冊。添田氏の作品でも、とりわけ傑作の部類ではなかろうか。