金庸徹底考察 主人公編 「射鵰英雄伝」より郭靖

【中古】 射雕英雄伝(5) サマルカンドの攻防 徳間文庫/金庸(著者),金海南(訳者),岡崎由美 【中古】afb

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紹介順番が順番が張無忌、楊過と逆になってしまいましたが射鵰英雄伝の主人公・郭靖についての考察記事です。純朴、厚い義侠心など金庸小説ではオーソドックスなタイプの主人公。

劇中の活躍
射鵰英雄伝
梁山泊の末裔・郭嘯天の息子。しかし父は金と通じた宋の悪徳武官・段天徳によって殺される。逃げ延びた母親の李萍はモンゴルで郭靖を産み、仇討ちのため彼を育て上げていく。やがて砂漠にやってきた江南七怪に師事し、また全真教主・馬鈺の助けで武術の腕を磨く。チンギスハーンのモンゴル統一と同時に、成長した郭靖は仇討ちのため中国へ。途中の燕京府で、父の義兄弟であった楊鉄心の息子・楊康と運命の出会いを果たす。二人は江南七怪と丘処機の約束のもと、生前から戦う運命にあった。しかし楊康は実の父親を知らず、母を拉致した金の皇族・完顔洪烈によって育てられており、郭靖と敵対。危機に陥った彼を助けてくれたのは黄薬師の娘・黄蓉だった。二人は意気投合し、四大武術家・洪七公との出会い、梅超風や欧陽克との対決、桃花島での嫁取り合戦など、数々の冒険と危機を乗り越えていく。その中で、郭靖は偶然にも伝説の武術奥義書である「九陰真経」を入手。そのために、四大武術家の一人である欧陽鋒から執拗に付け狙われてしまう。また、完顔洪烈が宋侵略のために捜索していた岳飛の兵書を奪い取り、その陰謀を阻止した。
雲南の冒険の後、師匠の江南七怪が桃花島で惨殺されてしまう。郭靖は黄薬師の仕業と思い込み煙雨楼で大勢の英雄達と共に決戦を繰り広げるが、真犯人は欧陽鋒と楊康だった。全ての誤解が解けた時、黄蓉は欧陽鋒に連れ去られてしまう。彼女を探すうち蒙古までやってきた郭靖は、チンギスハーンの遠征に参加することに。岳飛の兵書を用いて手柄を次々にあげたが、金とサマルカンドを滅ぼしたチンギスハーンの次なる標的は宋だった。祖国を裏切れない郭靖は密かにモンゴルから逃げ出そうとするが、その途中で母を殺される。自分が武術をどれだけ学んでも人を傷つけるばかりだと思い悩む郭靖。しかし、丘処機のすすめで華山論剣に参加し、洪七公の言葉に希望を見出す。黄蓉とも再会し、ようやく黄薬師にも結婚を許される。やがて、チンギスハーンによる宋の攻撃が始まると、郭靖は襄陽を守り抜く。その後、老齢で余命幾ばくも無いチンギスハーンと再会した郭靖は、民を守ってこそ真の英雄であるとチンギスハーンを諭すのだった。

神鵰剣侠
前作から十年。立派な中年侠客に成長した郭靖。横死した義兄弟の忘れ形見、楊過と江南で出会う。孤児になった彼を哀れみ、自らのもとで育てようとするがうまくいかず、全真教へ預ける。しかし、楊過はほどなく全真教を抜けて古墓派へ鞍替え。モンゴルの宋攻撃に備えて英雄宴を開いた郭靖は、世間のルールを平気で破る楊過に辟易しながらも、なお息子同然に彼を慈しむ。しかし、楊康の殺された経緯について濁し続けたことと様々な誤解が重なり、仇と狙われる羽目に。それでも、モンゴル軍の襄楊攻撃の中、郭靖が必死に楊過を守り抜いたことで両者は和解。共に襄陽の防備につとめるが、そのさなかバカ娘の郭芙が楊過の右腕を切り落としたため、以降は十六年間再会することはなかった。
十六年後、モンゴルが大軍を組織して南下。郭靖は楊過や豪傑達と協力してこれを打ち破る。その後、華山で五絶の一人「北侠」と認められるのだった。

倚天屠龍記
直接の登場は無いが、モンゴル軍との戦い抜き襄陽で妻・黄蓉と共に戦死したことが語られる。しかし、宋再興のために屠龍刀・倚天剣を作り、その中にある秘密を託していた。

人物
義侠心に溢れる真面目な純朴青年。そしてバカ。
作中では、このバカという特徴がよくも悪くも働いている。
よい方向としては、裏表がない正直な人柄なので、誰からも好かれる点。ひねくれたヒロインの黄蓉をはじめ、潔癖で他人に厳しい全真七子や、世間から蔑まれている丐幇、天真爛漫な周伯通など、郭靖の人格を認めているキャラは多い。その正直ぶりは敵にも信頼されるほど。
一方で、この性格は悪い方向へも大きく作用する。その最もたる例が、黄蓉とコジンの間で板挟みにあった時だろう。バカなんだから素直に「俺はただ黄蓉と一緒にいたい!」とでも言っておけばいいところを「コジンと先に約束したから彼女と結婚します」と、本心よりも建前の信義を優先したあたりは本当にどうしようもない。言われた側の黄蓉からすればあんまりだ。
他にも、大悪人であり師匠の仇でもある欧陽鋒を「約束したから」と何度も見逃す、「武術で人を殺すのはよくないから」と崋山で丘処機に加勢しない、などなど似たようなケースは結構出てくる。どれもこれも「約束だから」「世間の決まりだから」「正義だから」と表面的な理屈をこねるだけなので、決して物事の本質やその時の状況を深く考えたうえでの発言・行動とは感じられず、言っちゃ悪いけれど本物のバカだと思う。
そして生憎、中年以降もこういう部分はあんまり直ってない。むしろ年季がいった分、思考が硬直して悪化している節すらある。作中でも公然と「え? 大義のためなら親兄弟だってぶっ殺すけど?」と素で言えちゃったりするし(目の前で聞いてたフビライや金輪法王はどん引きしてた)、デリケートな思考の楊過に対しても「師匠に逆らうのはいけない」「世間の決まりは守らなきゃいけない」の一本調子だから話が噛み合わない。もちろん、平常は民をいたわり弱い者のために戦えるストレートな英雄であるのは間違いないんだけれど、善悪の揺れ動きがよくテーマになる金庸作品だと、郭靖の単純化された正義は読んでいてちょっと気になってしまう。まあ、ここらへんは師匠の江南七怪や全真教あたりの影響とも取れるけれど…。
また神雕では優れた武術家、軍人としての見せ場が増えたものの、上述の楊過への対応以外にも、娘の教育に失敗していたり(これは甘やかした黄蓉にも責任はあるけど)、弟子達のモラルの低さといい、人格面ではマイナスな部分が目立って損をしている。特に七公が傷心の楊過をあっさり慰めてしまったくだりとかを見ると、教師としてのレベル差が露骨に出てしまったような。
郭靖がキャラとして輝くのは彼単体ではなく、やはり黄蓉の存在あってこそ。上述した諸々の欠点についても、いつも黄蓉が読者に先んじて突っ込んでくれるし、郭靖に出来ないことは彼女が代わりにやってくれる。逆に黄蓉が行き過ぎそうになると、郭靖がそれをうまく抑えてくれる。この絶妙なバランスが素晴らしい。金庸作品のベストカップルは、やはり郭靖と黄蓉だと思う。

武功
鈍くて覚えが悪く武術の才能は限りなく低いと思われていた。しかしそこはいつもの金庸マジック。上達の難しい武功をうまい具合に習得していき、気がつけば作中でも強キャラの一角に。しかしながら、射雕の時点では周りの達人が強すぎたので、最強クラスには到達していなかった。続編の神雕では修行を積んだおかげで中原最高峰の使い手に。が、十六年後の舞台では、長らく襄陽の防衛についていたので、武芸の方はそこまで伸びていなかった模様。
射雕英雄伝の終盤からは岳飛の遺書を用い、兵法にも通じる。でも神鵰では戦場でも個人の武勇による見せ場が多く、あんまり軍師的な活躍は少なかったり。

江南七怪武功…最初の師匠、江南七怪に習った武術。郭靖本人の素質不足もあってか、最後まで満足に修得出来なかった武術も存在する(朱総の盗み技とか)。以下詳細を記す。
降魔杖法…柯鎮悪より習う。燕京で楊康と戦った際に使用。発展型である伏魔杖法は未修得の模様。
分筋錯骨法…朱総より習う。砂漠で尹志平と戦った際に使用。郭靖が未熟だったこともあり、決め手にはならず。
南山掌法…南希仁より習う。郭靖初期の拳法だが、強敵と渡り合うには不十分だった。降龍十八掌修得後はそちらに出番を譲る。
越女剣…韓小瑩より習う。中年以降、弟子達に伝授している。

弓術…モンゴルの将軍・ジェベより修得。特に器用さとかは要求されないので、七怪の武術と異なりスムーズに技量をあげていった。いや、もしくは単に七怪が指導下手だった可能性も…笑 中年以降もその腕はますます高まり、金輪法王とは矢の撃ち合いで圧倒した。

モンゴル相撲…モンゴルで子供の頃から身につけていた。思いがけないところで役に立つ。

全真教内功…全真教主・馬鈺より習う。道家の正純な内功。本来は雑念を取り払い、長年かけて鍛えていかねばならないが、おバカな郭靖は雑念が少なかったので修行がよく進み、二年で江南七怪をしのぐ内功を得た。降龍十八掌をスムーズに修得出来たのもこの内功によるところが大きく、郭靖の武芸を根本で支えている重要な武功。

降龍十八掌…洪七公より伝授。最初は十五掌のみ、後に弟子入りを許されて残りの三掌も習う。莫大な内力をこめた掌を用い、相手を一撃で葬る必殺武功。型はシンプルで小細工もいらずと、郭靖の性格とも相性がよかった。一手ごとに内力を大きく消耗するため、連続使用は危険。初期は十八掌を順番通りに繰り返すだけ、という頭の悪い戦い方しか出来なかったが、経験を積んで様々な工夫を織り交ぜ、中年以降は師匠の洪七公を上回る応用を見せることも。

空明拳…周伯通より遊び目的で伝授。内家武術の最高峰。全七十二手。しかし修行期間の浅さもあってか、作中では攪乱のためや、降龍十八掌で対応出来ない場合に使うのみで、それほどの活躍はない。

左右互縛術…右手と左手で別々の技を繰り出し、手数を二倍にする。このため、相手は実質二人の敵と戦うのと同じ…らしい。実際作中でもそんな都合のいい展開になっている場面は見当たらない。

九陰真経…様々な奇縁を経て手にいれる。が、その難しさゆえに郭靖自身では修行もままならず、常に洪七公をはじめとする超一流の達人の助力を必要とした。射鵰では危機に陥る度、九陰真経から何とか使えそうな武功を用いて窮地を脱出している。上下巻に分かれており、上巻の内功部分についてはかなり深いところまで修行したようだが、下巻の外功については作中でも殆ど使用しておらず、修行したのかも怪しいところがある。

弾指神通…神雕剣侠で初披露。桃花島に過ごした十年で修得。ただし使ったのは全真教戦のみで、あまり印象に残らない。初めて読んだ時は郭靖にも修得出来るような武術だったのか、と驚いた記憶がある。

人物関係
黄蓉…ヒロイン。彼女がいなかったら趙王府で間違いなく郭靖は死んでた。お転婆で常に郭靖をリードしているように見えるが、その実郭靖の意見を常に優先しており、滅茶苦茶甲斐甲斐しい子。中年以降は郭靖の影響が大きくなったのか、娘時代の個性は薄れすっかり封建主義的な賢妻タイプに。

楊康…一応、義兄弟。敵対する形で出会ってしまったこともあり、関係性はかなり最悪。一応、本編ではライバルキャラのはずなのだが腕前は中盤以降かなり差がついてしまった。関係悪化については、郭靖も楊過に対してデリカシーのない発言をかましたりする(育ての親だった完顔洪烈が仇だと判明した直後で戸惑う楊康に「俺と一緒にぶっ殺しに行こうぜ」なんて誘いを平然とかけたりとか)ので楊康だけが悪いとはいえない。

穆念慈…楊鉄心の養女。サブヒロイン。郭靖は終始伯父の娘として接している。

洪七公…北丐。江南七怪に続く二番目の師匠。丐幇のボスだけあってかなりの人格者。郭靖を武術・メンタル両面で深くサポート。どちらかといえば江南七怪(というか柯鎮悪)が度々弟子を振り回す行動をするので、七公はよくフォローにまわる。まあ七公も「死ぬ前に宮中料理が食べたい」とか弟子に無茶ぶりをしたりもするけれど。最初に武術を教えたのは黄蓉の料理につられたためでもあるが、同時に郭靖の人格を深く評価しており、そのために自ら弟子をとらない規則を破っている。神鵰では再会出来ず、射鵰のラストでで別れたきりになってしまった。

黄薬師…東邪。桃花島の主にして後の岳父。婿取り合戦では、郭靖があまりにバカなのにホイホイ課題をこなしていったので「もしやこいつ、実はバカの振りをした天才なのでは」と謎の誤解をした。その後も紆余曲折あったが、華山論剣でついに黄蓉との結婚を認める。神鵰では郭靖との絡みがなくて残念。

欧陽鋒…西毒。桃花島での婿取り合戦を機に敵対。郭靖が九陰真経を手に入れたため度々つけ狙う。

一灯大師…南帝。傷を負った黄蓉の手当をしたほか、郭靖に九陰真経の不明だった梵語部分を解説。

周伯通…全真教主・王重陽の義弟。郭靖と義兄弟になり、九陰真経をこっそり教えた。老人と若者のやり取りはまるでコントのよう。黄薬師同様、神鵰ではまったく絡みがなくて残念。

柯鎮悪…江南七怪の筆頭。郭靖の最初の師匠。偏屈な正義漢。そのためしょっちゅう弟子を振り回し、挙げ句作中で郭靖を二度もぶっ殺そうとしたことがある。しかし郭靖は根に持たずその後も従順。神鵰でも、博打に負けて弟子の家に逃げ込むなど迷惑ぶりは健在。神鵰のラストまで生き延びた郭靖の正式な師匠は柯鎮悪のみだったりする。

朱総…二番師匠。郭靖に字を教えるのはとても大変だったんじゃなかろうか。それだけでも凄い。なんだかんだ黄蓉とのカップルをはやくから認めていた。

韓宝駆…三番師匠。馬の扱い、鞭法などを教える。短気ながら郭靖をとても可愛がっており、柯鎮悪が郭靖を殺す多数決をとった際も反対にまわった。

南希仁…四番師匠。無口。郭靖の性格をよく理解しており、一人で旅立たせる時は「敵わなかったら逃げろ」と的確なアドバイスを送る。桃花島の惨劇では、毒を浴びながらも生きていたため、郭靖に仇を教えようとするが、そのせいで誤解を与えてしまう。

張阿生…五番師匠。しかし郭靖を弟子にとった直前の黒風双殺との戦いで死亡してしまう。怠けるな、と命を引き代えに教訓を残す。

全金発…六番師匠。商売人気質で、郭靖がコジンではなく黄蓉を好きと知った時に折衷案を出した。

韓小瑩…七番師匠。郭靖にとっては第二の母。いつも郭靖を庇う優しい存在。

丘処機…全真教長老格。過激な正義の味方。郭靖の名づけ親でもある。勝手に郭靖を個人的な決闘の道具にしたり、無理矢理念慈と結婚させようとしたり、物凄く迷惑。しかし郭靖は名づけ親で父の友人ということもあってか、常に尊敬の念を持って接している。

馬鈺…全真教の二代目教主。郭靖に内功を教える。それまで修行に伸び悩んでいた郭靖のコンプレックスを解消してくれたこともあり、彼が全真教武功をリスペクトしているのも馬鈺との経験が大きいのでは。

王処一…全真教長老格。趙王府で郭靖を助ける。身内には厳しいが、郭靖に対してはその捨て身の義侠心を見たこともあり終始好意的。

梅超風…黄薬師の弟子にして射鵰での中ボス。彼女の夫・陳玄風を偶然殺してしまったため仇とつけ狙われる。

欧陽克…欧陽鋒の息子。黄蓉をめぐって度々対決。郭靖が急激に腕をあげていったため、桃花島で対峙した時点では既に敵わなくなっていた。

チンギスハーン…モンゴルの王。戦功をあげた郭靖を婿として迎え入れ、また自分に物怖じせず意見をする人間として認めている。

トゥルイ…モンゴルの王子にして郭靖の義兄弟。同年代で一番気の合う存在だったのでは。トゥルイが若年で亡くなったため、二人は義兄弟の誓いをまっとうすることが出来た。

コジン…モンゴルの姫で婚約者。完全な当て馬。郭靖は最初から妹のようにしか思っていなかった。

段天徳…腐敗した宋の武官。父である郭嘯天を殺害した張本人。しかし裏で手を引いていたのが完顔洪烈だったため、郭靖は彼を仇として狙うことに。

完顔洪烈…父の敵。サマルカンドでモンゴル軍に参加していたが、郭靖に攻略されて捕まる。

楊過…甥。郭靖は名づけ親でもある。孤児だったところをせっかく桃花島へ連れ帰ったのに黄蓉の思惑もあってきちんと面倒を見れず、楊康の死んだ経緯についてちゃんと説明出来ず、挙げ句送った更正施設が腐敗気味な全真教と、色々やることが裏目に出てしまった。楊過が結局世間の決まりを破って小龍女を妻にしてしまったことを、どう思っていたのかが気になる。

郭芙…長女。両親の欠点を見事にブレンド。郭靖は厳しくしつけていたがまったく駄目だった。

郭襄…次女。長女の失敗を考えてか厳しくしつけたので割といい子に育つ。が、偏屈な祖父の気性を受け継いでいたのでやっぱり郭靖を悩ませている。

郭破虜…長男。描写が少なくてなんとも言えず。屠龍刀を受け継いでいたので、恐らく郭靖から兵法を伝授されていたと思われる。

武兄弟…直弟子。武術は微妙な腕前。人格的にも未熟で、郭靖の教育力の低さを感じる。

耶律斉…娘婿。丐幇を継いだので、恐らく降龍十八掌も伝授したはず。

金輪法王…モンゴルの国師。英雄宴や襄陽戦などで、何度か手を交える。十六年後以前だと、一対一ならば郭靖に分のありそうな描写になっている。