ガイド本の難しさ。

中国文学をつまみ食い(4) 『詩経』から『三体』まで (シリーズ・世界の文学をひらく) [ 武田 雅哉 ]

価格:3,080円
(2022/2/15 21:28時点)
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先日、ずっと楽しみにしていた「中国文学をつまみ食い(ミネルヴァ書房)」を購入した。
古代から現代まで、中国の代表的な作品と作家を紹介、さらに色んな視点から中国文学を論じた沢山のコラムつき。
中国小説全体を網羅したガイドというのは本当に無くて、これまで誰かに薦める時も色々苦労していた。それこそ、自作でガイドを作り同人誌として頒布してたくらいに。
ここ数年は、三体が爆売れしたり中華BLががんがん入ってきたり、大陸作品の知名度が上がってきたところだったので、そんな中こうしたガイドが出てきたのは本当にいいタイミングだと思った。
ラインアップは本当に素晴らしくて、有名どころの四大名著はもちろん、よくある紹介本ならスルーされそうな浮生六記(半自伝なので小説としてカウント出来るか微妙なところもあるし)とか清末譴責小説とかまで収録されている。近代以降も魯迅・巴金・老舎・張愛玲あたりは鉄板として、曹禺に廃名にまさかの張天翼!

で、早速購入して読んだわけですが。
読み終わった後、結構違和感が残った。

まず最初に「ガイド本ってこういうものだっけ?」と思った。

よくある小説ガイドって普通、わかりやすいあらすじとか、「ここが面白い!」っていう読みどころとか、そういうものが主に書いてある。私自身もこれ読んだ後に手元のガイドをいくつか広げたけど、大体は「あらすじ」「読みどころ」「作品解説」「書誌情報」あたりが必ず載っている。ガイドの目的って作品の魅力を伝え、読者を増やすことだから、そういうアプローチになるんだと思う。

でもこの本はなんか違う。
作品が生まれた時代背景とか、成立史とか、テキストの種類とか、読者受容とか、日本への影響だとか……そういうことばかりが書いてある。
いや、書いてあってもいいけど、それより先に作品の内容紹介すべきだよね?と思ってしまった。
読者がその小説に興味を持って「これ読んでみたいな!」って思わせるのがガイド本の役目でしょう。で、そのために載ってなきゃいけない情報は、繰り返すけどわかりやすいあらすじとか、登場人物紹介とか、名場面とか、オススメの訳本とか、そういうもののはずでは? 特に中国の古典小説は長編ばかりなんだから、なおさら物語をわかりやすく、詳しく説明した方が…。
もっと言うと、その時代背景とか成立史だって、翻訳本の解説読めば載ってる内容ばかりで、そこまで目新しさがあるわけじゃない。そもそも一作品につき二ページしか配分が無いのに、なんでそんな内容で埋め尽くそうとするのか、と色々疑問ばかりが出てきた。

とりあえず、例をいくつかあげてみる。
まずは三言二拍。中国明代の代表的な短編小説集。全二百編で、その中からさらに厳選された四十編の短編集として今古奇観がある。これは翻訳も出てるので中国小説好きなら知っている方もいるだろう。
この作品を、本作ではどのように紹介しているか。記事は二ページで項目は四つ。
まず一つ目の項目。明代の出版事情と編纂者の解説で半ページ。
二つ目の項目。三言の成立についての解説で「杜十娘怒沈百宝箱」の一編が代表作として紹介。
三つ目の項目。二拍の成立についての解説。作品は取り上げず。
四つ目の項目。日本への影響。

で、終わり。
うーん…。

三言二拍には「賣油郎獨占花魁」とか「蘇小妹三難新郎」とか「金玉奴棒打薄情郎」とか「唐解元一笑点姻縁」とか、現代でもドラマや舞台になってる名作が多数ありますよね? 成立史よりも、そういう面白い話が沢山収録されてるよって紹介するのが、大事なことじゃないんでしょうか…。あるいは、四大名著は長編で大変だから、初めて中国小説を読むにはここらへんの短編が入りやすくていいですよ!みたいな案内をするべきなんじゃないでしょうか。あと翻訳についていえば全話訳されてるのは今古奇観の四十編だけで、三言二拍全体だと結構抜けがあることを書いとくべきでは…? 中国古典小説に興味持ってもらいたいんですよね…?

もう一つ例を。長生殿と桃花扇。どちらも清代戯曲の名作。
この二作については、他と違い紹介に一ページの割り当てしかない。そのうえ清代戯曲の事情解説に半ページを使っている。
にもかかわらず、作品内容以外の方面にばかり言及が飛ぶ。舞台の華やかな特殊効果が当時話題になった、救国の名妓の物語が後代に多数生まれた、とか。ただでさえページが少ないのに。
桃花扇といえば、李香君と候方域のラブストーリーという本筋だけじゃなく、明の滅亡が横軸にあって、将軍・史可法の孤軍奮闘とか奸臣達の横暴とかが滅茶苦茶面白い要素なのに、それらについて一言も触れないとか…。ううん…。後にどんな影響与えたとか、そんなのは本編をまず読んでからでいい話じゃないですか…?

三国志演義や紅楼夢もなぁ…。前者は成立史を長々語るなら、日本の翻案作品にない演義ならではの面白さ(神様になる関羽とか、諸葛亮死後の無情な後編とか)をもっと沢山書いて欲しかったし、後者も魅力溢れる金陵十二釵達に殆ど言及しないのはどういうわけかと思った。作品背景にしても、大観園の考察より、何故紅楼夢が中国古典小説の最高峰として長らく中国人に愛されているのか、といった話をする方が興味も沸くよね…? なんかね、下手なんだよね…作品の良さの伝え方が…。
一応、西遊記や水滸伝は物語とキャラについてきちんと魅力的な紹介してたり(それでも半ページで力尽きてたし、もっと色々語って欲しかったけど)、浮生六記も貧乏夫婦の閨房生活の名場面をいくつか具体的にあげてて、読者を惹きつける記事も無いわけじゃないけど…。

上記は古典の例だけど、近代以降も同様で、やはりガイドの体をなしてない記事が結構ある。
フォローしておくと、近代小説以降の作家は、作品の執筆事情に当時の歴史とか政治とか思想とか、色んな要素が絡んでくるので、単純に作品だけを紹介してもダメ、というのはわかる。私も中国近代小説便覧を作った時に作家解説は入れたから。
でも、だからってそっちにばかり引っ張られてるのはよくないし、作家よりも作品を主体に紹介してほしい。
例えば巴金の「家」の紹介文なんかはまさにそれで、本編の説明じゃなくて作者の家庭環境や執筆背景にばかり言及がいく。「家」の本編について説明しきらないうちに、家と同じようなコンセプトの作品「二番目の母」についての説明が始まり、死んだ巴金の兄に対する作品への反映が云々…。いやいやそうじゃないでしょ…。もう途中から作家についての講義になってしまって、家という作品の紹介はほぼ放棄されてる。
金庸が載ってると聞いた時は、どの作品を紹介するか楽しみにしてたのに、書いてあるのはこれまた武侠小説の発展史とか読者受容とかばかり。肝心の金庸が書いたタイトルの内容を具体的に紹介しないなんて、そんなのアリ!? せっかく中華ドラマがどんどん流入してきたり、魔道祖師の影響で「武侠読んでみようかな…」って思ってくれてる人達まで出始めてるのに…。

あと、近代以降の作家で気になったのが、これ邦訳あったっけ? ってタイトルがいくつか目についたこと。汪曾祺の受戒とか、郁達夫の沈淪とか…。あっても古すぎたりすると、ただでさえ近代以降の小説は古典より邦訳が手に入りにくいものも多いのに、読むハードルがますます上がるばかりじゃないか。入手困難な本を平然と巻末の書誌情報にポンと書かないで欲しい(1943年の啼笑因縁の翻訳とか…)。つまみ食いできません…。
ちなみに現代あたりは作家と時代のすっ飛ばしが凄いことになってる。まえがきでは、あの作品が入ってない云々などセレクションへの批判は放棄することにしました、って書いてるから、載ってない作品があることには何も言うつもりはない。そういうのは話し始めたらキリが無い、というのは本当にそうだし。林海雪原とか紅岩みたいに、中国では有名でも現代日本人が読んで単純に楽しめるか…って作品も多いし。
でも……それなら載せた作品・作家の紹介はもっとちゃんとして欲しい…って思った。まえがきをそのまま信じるなら、この本は中国小説を読む際のガイドとして活用するわけで。それなのに、代表作の内容紹介すら書かれてない作家が出てくるのはガイドとして致命的では?

メインの作家・作品紹介がこんな感じなので、第二部にあたる小吃については、こっちに分量を使うなら作品紹介をもっと分厚くすればよかったじゃん…。という気持ちが残った。テーマ自体はどれも楽しい。鴛鴦胡蝶派や1950年代の革命文学のように、どちらかといえば中国文学史で亜流扱いされがちな内容を掘り下げてくれたのもよかったし、特に世界から見た中国文学については視点も新鮮でなるほどなぁと思わされた。惜しむらくはやっぱり一つ一つのページが少なすぎて内容が…。多分、もともと与えられたページ自体が少なくて、その範疇で書かざるを得ない苦労もあったんだろうとは思うけど。そもそも古代~現代まで一冊で網羅しようとすることに無理があるので、やはりコラム系の話は極力削るべきだったのでは(さらに言うなら、全ページ数も二百五十ページと決して多くはなかったし、だからこそ欲張り過ぎず内容は絞った方がよかったかも)。まあコラムが薄いと感じたら、読書案内にある該当書を読めばいいんだけどね。

どちらかといえばこの本、ガイドじゃなくて教科書とか便覧資料に近い。書き方のスタイルとかが。だからなんかこう、お堅いというか、アプローチが学術的に寄りすぎてるというか、面白さを伝える努力に乏しいというか、まるで講義を読まされているような…。制作側がどんな購入層を想定してるのかは知らないけど、もうちょっと、中国小説を知らない人が見ても「読みたい!」と感じさせる書き方をすべきだったと思う。繰り返しになるけど、中国古典文学に興味を持ってほしいんですよね…? だとすると、作品の魅力の伝え方とか、載ってあるべき情報の不足とか、いろいろ不親切…。ラインナップがいいから本当にもったいない。
ただ、ある程度中国小説を読んだ経験がある人が、資料として活用するための本としてはとてもいい。古典小説しか読んでない、あるいは現代小説しか読んでない、という方々がより視野を広げたり、中国文学への深掘りをするための参考にはなるかな、とは感じた。

あくまで一個人の意見ですので、うっせーこと言ってんな、と思ったらスルーしてください。

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コメント

  1. 黄梅 より:

    こんばんは、お邪魔しますm(__)m

    ガイド本製作に携わったことのある身としては痛いご指摘…一般書を書くのは学者さんは不得意なのかな(暴論)。良さも踏まえた上で、作る方読む方としてそう思うときがあります。入手しにくいものを書誌情報載せるだけ、は辛いですね。誰もが大学や研究機関図書館に入り浸ってるわけでもないですし…

    ガイド本でなく便覧!まさに。近現代文学以外なら、当時の世相や背景も大事とはいえ、中身に多くを割いてほしい、納得です。

    • chunqiumeiju より:

      わざわざのコメントありがとうございます!
      一応、私は掲載されていた作品の大半は既読済みだったので、学術寄りな内容のガイドでも全然構わなかったのですが、初心者向けとして考えるとどうなのかなぁ、と…。
      どうやって紹介すれば文学作品を読んでもらえるかは、難しいところだと思います。歴史的・学術的な良さを前面に出すべきなのか、とにかく読んでもらうために面白さとかわかりやすさで推すべきなのか。後者もやり過ぎ取ると、巷によくある「よくわかる論語」とか「かんたん菜根譚」みたいな原書のねじ曲げに繋がったり、読まずに読んだ気になった人を生み出したりしますし…。
      でもさすがに書誌情報には物申したいです。記事でも書きましたが「啼笑因縁 1943年翻訳」とか「季刊中国現代小説1巻 1988年」とかは勘弁して欲しいです…笑