大唐懸疑録 蘭亭序之謎

蘭亭序之謎 上【電子書籍】[ 唐隠 ]

価格:1254円
(2023/10/28 09:00時点)
感想(0件)

蘭亭序之謎 下【電子書籍】[ 唐隠 ]

価格:1045円
(2023/10/28 09:01時点)
感想(0件)

唐隠による長編歴史ミステリ小説。
唐朝後期を舞台に、朝廷の動乱と王羲之の蘭亭序をめぐった闘争を描く。

Twitterで宣伝を見てからずっと楽しみにしていた作品。先月購入してからようやく読み終えたのでレビューします。

…結論から言うと、面白い部分とそうでない部分がかなりはっきりした作品だと思う。
面白かったのは蘭亭序というコンテンツを使って壮大な歴史ミステリを描いているところ。明かしてしまうとこれから読む人達の楽しみを削ぐので詳しくは書かないけど、この謎に関するあたりはとても読み応えがあった。
それから、舞台になる唐後期の皇帝・李純をはじめ実在の人物が多数登場。また、さすが大陸小説だけあって日本人の書く中国ものよりも文化や生活の描写がとても細やか。藩鎮勢力がせめぎ合う、唐朝後半の殺気だった空気が感じられて良い。

一方の気になったところは…キャラクターの薄さとリーダビリティの悪さ。
まず、主人公の斐玄静や崔淼はじめ、キャラクター造形がかなり薄め。これは原書からしてそうなのか翻訳に問題があるのかわからないのだけど、描写の仕方があまり良くないのだと思う。
キャラ描写とは何か。これは創作論を囓った方ならどこかで聞いたことあるかもしれないけれど、例えばAというキャラクターが『優しい』ということを表現するのに、『Aは優しい』と書くのではなく、そのキャラの行動や思考で読者に「あ、このキャラって優しいんだな」と読者に伝えていくのが描写。
けれどもこの作品は、地の文や台詞でばかりキャラのことをくどくど説明するので、そこが物凄く目につく。こういうことをすると、キャラ描写は自然と厚みを失って、結果的に薄っぺらくなってしまう。
例えば斐玄静は名探偵というキャラで通っていて、周りにも「さすがは名探偵だ」とか「聡明な人だ」とか賞賛されたりするんだけど、実際には周囲で巻き起こる事件に対して受け身がちで、しかも謎解きの半分は崔淼や聶隠娘に答えを教えてもらう流れなので、その賢さや探偵ぶりが全然感じられない。特に伯父に護身用の防止をかぶせるくだりなんか、まるで小学生が考えるような小細工を使うので、こんなのどこが賢いキャラなんだ…と思ってしまった。
要は周囲が散々持ち上げる割に、本人の行動や思考がそれに伴っていないのが問題。何だか悪いキャラ小説の手本を読んでいるかのようで結構がっくりしてしまった(とはいえ、プロの作品でもこの手の現象はしょっちゅう見かけるので、決して珍しいことではないと思う…私自身もそうだけど)。あと、帯に少女探偵って書いてあるけど設定二十二歳だよね? 少女かなあ…?
崔淼も同様で、謎のキャラとして描いているからだろうけど人物像がはっきりしない。正体が最後までわからないのはいいんだけど、全体像がぼやけるのはやっぱり描写が弱いんだと思う。どうでもいいけど、玄静に対しての口調が敬語になったりくだけた感じになったりころころ変わのは翻訳ミス?だろうか。意図がよくわからない。
なんかケチをつけた書き方になってしまうけど、キャラが薄いほど、読み手はそのキャラを掴むために読み込む努力をするから、細かい情報にも目がいくのだ。で、結局おかしな部分が余計に見えてきてしまう、という負の連鎖が起きる。
脇役も問題で、歴史上の人物が沢山出てくるのはいいんだけど、作中でうまく活かされてるかと言われたら結構疑問符のつくキャラが少なくない。
例えば韓湘子。仙人になるという史実の予定調和で、仙人を目指すくだりを無理に入れている感じが否めない。彼が仙人になるという作劇上の必然性がちゃんと描かれていないと思う。そもそもキャラが多いから一人あたりの話に尺を省けなかったのかもしれないけれど雑に描くならむしろ出さないでくれと思う。李賀の扱いとかもあんまりだと感じだ。好きなのに。
あと、聶隠娘は出典の原作小説だと神仙的な力を持つ人物だけど、本作の現実的な世界観にはいまいちそぐわないような。むしろ原作を知っているとかえって混乱する。江湖や軽功のような武侠ワードもぽんぽん出てくるので、このあたり大陸エンタメの持つリアリティの匙加減がわかってないからそう感じてしまうのかな。

キャラはここらへんにして、次がリーダビリティの悪さ。
中国小説の魅力って、物語に没入させる力強さとか読者への吸引力だと思っていて(というか、私の好きな中国小説は古典現代問わずそんな感じ)、いつもリーダビリティが良いって表現しているんだけど、本作はそこも良くなかった。
いろんな謎を並列して出されて、しかも順不同で解き明かされる展開。これをやられると、読者はどの謎を追って読んでいけばいいのかわからなくなる。平たく言うと疲れる。こういうタイプの話が好きな人もいるかもしれないけど、読者を疲れさせる小説はエンタメとして基本的に駄目だと思ってる(私自身も小説創作をするから特にそう感じる)。
それにいくら続き物とはいえ、結構謎を残しすぎではないだろうか。しかも引っ張るほどの謎か?という代物を…。
あと、本作はラストのおまけ?に半世紀後の人物が本編の謎を振り返る番外編を収録しているんだけど、これを読むと本編のわかりにくかった話の流れが整理されてよくわかるようになっている。意地の悪い言い方をすれば、こういうものが無いとわかりにくいほどゴチャゴチャしているのが本編、ということでもある。別に残された謎が明かされるわけでもないし、何の意図でこれを収録したのだろうか。あと、このおまけでも斐玄静の凄さがやたら誇張して描かれているのにはげんなりする。メアリー・スーじゃないんだから…。

以上、かなり文句の方が長いレビューになってしまったので、こんなの参考にならねーという方は、私より客観的で素晴らしいレビューをアマゾンに載せている方がいるので、よろしければそちらを見てください(下にリンク貼っておきます)。ちなみにこのレビュアーさん、本編の良い点・悪い点を丁寧にわかりやすく述べているほか、参考図書までも紹介していて、もはやレビューというより解説の域…ていうか本書の出版関係者か!?と言いたくなるくらい詳しいです。
正直、本作を読み終えた直後はあんまり面白くなくて、どうレビュー書くべきか困ってしまい、普段はあまりやらないんだけど読者メーターやアマゾンをのぞきまくりました。他の方々のご意見が知りたくて。シンプルに楽しめた、という意見もあったんだけど、気になったのが感想の数の少なさで、もしかして私と同じく読み疲れて挫折した人が結構いる…?と勘ぐってしまいました。実際のところはわからないけど。
ちなみにドラマ化も進んでいるそうだけど、多分映像化したら私が上記で書いたような欠点は割と消化出来てしまうと思う。小説と映像作品では描写の方法もストーリーテリングも変わってくるし。
小説の評価としては、謎解きの部分はとても魅力的な作品なので、それ以外も良ければ手放しで褒められる傑作なんだけど…といった感じです。

とても参考になるレビューの載ったアマゾンのページはこちら(上巻・下巻と個別にレビュー書かれてます)
https://www.amazon.co.jp/%E8%98%AD%E4%BA%AD%E5%BA%8F%E4%B9%8B%E8%AC%8E-%E4%B8%8A-%E5%A4%A7%E5%94%90%E6%87%B8%E7%96%91%E9%8C%B2%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E5%94%90%E9%9A%A0-ebook/dp/B0CBJHHKQY/ref=sr_1_1?adgrpid=149261361320&hvadid=678975000471&hvdev=c&hvqmt=e&hvtargid=kwd-2130113386761&hydadcr=18478_13654709&jp-ad-ap=0&keywords=%E8%98%AD%E4%BA%AD%E5%BA%8F%E4%B9%8B%E8%AC%8E&qid=1699200790&sr=8-1