紅楼夢之金玉良縁(邦題:新紅楼夢~天運良縁~)

2024年制作の古装映画。
原作は中国古典四大名著「紅楼夢」。監督は胡玫。製作会社は沢山あったので割愛(笑)
一部ネタバレ込みなのでご注意ください。

ものがたり
さる大貴族の賈家は世代を経るごとに堕落し、表向きの華やかさと裏腹に没落の影が近づいていた。病気がちだが才気溢れる少女・林黛玉は、従兄弟の賈宝玉とともに育ち、心を通わせる仲だった。しかし周囲を取り巻く大人達の陰謀が、想い合う二人を容赦なく引き裂いていく…。

諸事情で制作が伸びに伸び、ファンを散々待たせてようやく公開された。
が、大陸では公開直後から批判の嵐。まあ最近の紅楼夢は何を作っても炎上ばっかなのでまたか…と思いつつ、こんな評価の悪さじゃ日本での放映も無理だろうと落ち込んでいた矢先、今年の中国映画週間にピックされていたので即チケット購入。

まーガッカリしたくないから期待せず観るかぁと、頭空っぽにして観賞。
で…。

……え?

……アレ?

なにこれ。

面白いじゃん!!!!!
ていうか、泣いちゃったよ!!!!何度も!!!!(後で詳しく)

でも同時に思った。
これ、どう考えても紅迷(紅楼夢ファン)向けの映画だと。
少なくとも原作を一度通読した程度ではついていけないと思う。なんならドラマや映画とかも幾つか履修して色んな紅楼夢に慣れておけ、とすら感じるレベル。
それくらい原作未読の観客への突き放しが凄い。少なくとも下記あたりが壁になる。

・ストーリーの時系列が滅茶苦茶変更されてる。なので個々の場面をそれなりに記憶してないと、原作一度読んだくらいではかえって混乱してしまう。
・細かいエピとかまで拾い上げて二時間足らずの映画にぶち込んでいるにも関わらず、原作未読の人達をフォローする説明が一切無い。
・同じく原作のギャグや言葉遊び、アイテムや設定についても一切の説明が無い。太虚幻境とかあれじゃ意味不明だろ。
・一部キャラは上映時間と原作いじくりの関係で改変が激しい。

……どうしろと!!???
Twitter上でいくつか観た日本人の感想が全然わからなかった、なのもよくわかる。わかるわけがない。
なんなら中国人でも無理だろ、これ。

一応、私はわかる側の人間だったので、殆ど突っかかることなく観れた。というか、予想を色々裏切られて凄く楽しめた。
以下は箇条書きでざっくりした感想。
・二時間で本当によくまとめた。凄すぎる。時系列入れ替えは仕方ないというか、こうするのか!と感心すらした。ちなみに過去の紅楼夢映画でも時系列入れ替えとかは案外やってたりするので私は割と許容派。でもそれを知らないと「胡玫監督は紅楼夢を滅茶苦茶にしている!」と誤解しかねない。上で映画もいくつか観た方がいいと書いたのはそのため。
・ちゃんと宝黛釵の悲劇をメインに描けている。特に良かったのが古典っぽい古くささが抜けてて、現代人が共感できるように表現してるとこ。普通の泣ける古装ラブストーリーだった。
・宝玉と黛玉、ビジュアルはもう一歩だったけど本人達の演技と演出でほぼカバーしてた。好きになった。
・音楽が大変よかった。葬花の挿入歌もダイナミックに映像を使っていて効果的。
・セット小道具は、観る前はまたいらんとこにじゃぶじゃぶ金使ってんのかとか思ってたけどいい感じに裏切られた。とてもストレートに大貴族の豪邸を表現している。変な凝り方をしてた2010年版のせいでセット周りに金を使うことへ変な拒否反応が出てたようだ。
・空を飛ぶアングルから屋敷や庭園をうつしたショットがかなり多い。わかりやすく広大さが演出されてる。よく考えたらこういう現代風演出を紅楼夢の映像作品で全然観たことがない。細かいことだけど感動した。
・映像美とはこういう素直な表現でこそ生まれるんだなと2010年版のクソな映像の数々を思い出しながら感じた。
・宝玉の「君が去ったら僕は出家する!」で泣いた(1回目)。そう、これは当時の精一杯の愛の告白なんだよね。それを現代人にも通じるように表現してる。胡玫監督はわかってる!!
・元春の家族との再会エピ普通に泣けたわ(二回目)。いらんとか言ってごめん。
・魂を無くした宝玉に林黛玉が告白する場面で泣いた(3回目)。中盤とここで出てきた「経国美女~」のあれは原作になかったやつだけど、泣いてしまったからこれは監督の勝ちだわ。
・ラストの〇〇の表情(未見の方々の楽しみのために伏せておきます)。泣いた。監督のオタ魂というか愛を感じた。
・キャラ改変はメインの宝黛のための犠牲と思えばまあ許容範囲。特に薛夫人は激しかった。十二釵は殆どいるだけ参戦だけどまあこれもしょーがない。
・気に入ったキャラは王夫人。外面だけ優しそうで中が腹黒な演技が見事。ちなみに通霊宝玉紛失→婚礼謀策の流れ、なんか王夫人の意味ありげなカットがいくつも流れてるんだけど…もしかして?と妄想出来たりしちゃうのも楽しい。
・賈璉と王熙鳳の濡れ場というなんだか珍しいものを見せられた。
・一瞬しか出番が無いくせに意味ありげに画面に出てくるキャラ多数。これは多分わざとだと思う。お前ら紅楼夢ちゃんと読んでるかぁ~?(ニヤニヤ)という監督からの嫌がらせと受け取った。もちろん読んでますとも!
・これまでの映像作品ではまったりと描かれがちな賈家の経済事情を全面的に出してきてるのが新鮮。のっけから男どもが顔をつき合わせて朝廷への返済会議をしてる。林如海の財産を大観園の造営に利用する展開は本作オリジナル。せっかく新作作るんだから新しい解釈も入れよう!という監督の気概を感じる。
・薛藩が犯罪→宝釵が入内の資格を失う→だったらいいとこに嫁がせなくては、の流れ。原作はここまでガツガツしてないんだけど映画では婚礼への伏線にもなっていてわかりやすいと思った。
・胡玫監督がインタビューで述べてた「陰謀と愛情」というテーマは概ね理解した。もともと彼女は2010年版ドラマで監督をするはずが降板してしまった経緯があって、ドラマ版でやりたかったことを今回の映画に反映したのかな。でも生憎テーマを描ききるには映画が短すぎ…。もともとは三部作構成だったらしいし。ロードオブザリングみたいにエクステンデッド版とか作ってくれないかな…笑

とまあ、全体的に満足出来る一作でした。
あー、こんなことならチケット二日分とっときゃよかったわ…。
もう一回くらい見たら、自分が今まで観てきた映像作品の中での順位もはっきりしてくると思う。

で、私の感想を話したうえで、本国では批判だらけだったじゃん!という話についても語っておく。
まず私がこの映画で「いい!」と感じた部分をそのまま本作の欠点と考える紅迷も相当いると思う。というかそっちが多数派か。
時系列ずたずた、キャラ改変あれこれ、これだけでも怒る理由には十分なる。原作通りにやってほしいという観客からしたら相当なマイナスだろう。大陸では原作からの乖離が激しいという批判が一番多いようだけど、それは本当にその通りで、改変を受け入れられるか受け入れられないかが本作の評価の分かれ目に感じた。また、襲人へのキックとか珍と可卿の関係とか出しっぱにして後はスルーみたいな小エピソードも、雑とかいい加減と感じられても仕方ない。
私はストーリーとか時系列はいじってもいいけど、主要なキャラとか本質的な部分を保ってくれれば許せる。ただ紅楼夢は沢山のファンを抱えているので、何が本質的で大事かはかなり意見が分かれるだろうし、そのうえ大陸第一の古典でもあるから、まぁ荒れるなというのがそもそも無理な話かもしれない。
あと、監督の改変は若者をターゲットとして視野に入れていたんだと思う。物語も台詞も演出も結構ストレートな恋愛ものの流れになっている。黛玉はひねくれ度合がかなりマイルドで、これは原作通りだと(加えていえば二時間の映画だと)嫌な女の子に感じさせてしまうからこうなったのだろう。これ以外にも宝黛の関係性をはっきりわかりやすくするため意図的に省かれたエピがいくつかある。特にその中でも大きいのが「慧紫鵑」じゃないだろうか。これは原作の第五十七回に出てくる場面で、詳しい説明を省くけれど宝黛の恋愛のターニングポイントになる超重要エピである。紅楼夢の単発映画や戯曲は数時間に納めるべく宝黛釵の話を中心にするんだけど、この慧紫鵑は必ずといっていいほど盛り込まれている。それほどの場面なのに、本作では省かれていた。なぜなら本作は映画開始直後で殆ど宝黛の関係性が出来上がってるからだ。だから慧紫鵑のようにわざわざ家中を巻き込んだ事件を起こし、お互いの気持ちを知る、という流れを組み込む必要がなかった…と私は解釈してる。
なんか話がそれたけど、要するに原作の宝黛の関係性はもっと遠回しで複雑なので、そのまま使うと現代人にも見やすいラブストーリーにはならない。それを監督は色々いじって調整してある。クライマックスで黛玉が「経国美女の~」なんてわかりやすい告白を言うのもその一端だと思う(ただこれも、本作の黛玉が気に入らない観客にとっては失笑ものだろうとは感じた)。
じゃあ若者がこの映画を楽しめるかといえば、原作をそれなり(というかかなり)読んでおけ、という前提条件が厳しすぎるので残念ながらダメでした、ってとこだろう…。
そして改変の数々は当然ながら原作重視、他にも87年ドラマ版聖典派なファンからすると「ふざけんな!!」になってしまった。わかる……わかるんだよそういう人達の気持ちも…。
あと、主役勢の演技を酷評する意見もあったが、これも改変のあれこれで制作側とファン側でキャラ解釈へのブレが出てるせいだと思う。正直私はそんなに酷い演技をしてるとは思わなかった。というか傑作と名高い87年版なんかは原作イメージ重視のキャスティングでむしろ演技力がちょっと…な人達もいたし、まあここらへんは難しいところ。特に2010年版の紅楼夢のように近年の古典名作映像化はオーディションとか制作側のあれやこれなんかも絡んできて、配役の事情は色々複雑じゃないだろうか。

散々褒めたので気になったところや悪かったところにも触れておこう。
・薛宝釵……。悪いけどこれはミスキャストだった。そもそも胡玫監督が宝黛推しみたいなので出番や台詞が少なくていまいち存在感が無く、だったらビジュアルで見せて欲しいところだけど宝釵らしさがちっとも感じられなくて色々残念だった。あの風呂?の場面も別にいらない……。
・襲人が宝玉の理解者みたいなツラしてるのはちょっとイラついた。こいつの本性はプチ王夫人なんだよ!これは監督と私の間で解釈違いがあった模様……笑
・上でも述べたように慧紫鵑の場面がないせいで、紫鵑の出番が少ない。そのせいで黛玉の臨終の「本当の姉妹だと思ってた…」もいまいち説得力が無い。あと、原作では紫鵑の方が宝黛の恋愛について理解してるのに上記の襲人のせいで「主人思いだけど宝玉との恋愛には疎い」みたいな描き方をされてたのがちょっと嫌だった。
・怒濤の勢いで挿入される小エピソードは歯がゆい。特に可卿のは投げっぱなしすぎ。焦大の例の台詞含めて賈家の堕落ぶりを表現したかったのはわかるけど…。
・あまりにも原作未読者置いてけぼりなのはやっぱり気になる。でもそっちに気を遣ってたら私みたいに楽しめなかったのも事実。

以下キャスト
边程/贾宝玉
賈家の変人公子。最初から最後まで一貫して黛玉一筋。普通に演技うまいしやんちゃぶりがとても宝玉していて良かった。演じてる年代も若くて子供っぽさに違和感がないのもいい(2009年「黛玉伝」の馬天宇とか育ちすぎてたし…)。

张淼怡/林黛玉
メインヒロイン。大半の紅迷が納得するような演者さんかと言われたら違うだろうけど、素の写真は割と黛玉っぽかった。ビジュアルの良くない部分、多分髪型だと思う。デコだしって健康的に見えちゃうんだよな。髪を垂らしてもっと弱々しい感じにしてくれれば…。そのほか、宝玉にもいえることだけど、やっぱり雰囲気を現代チックに寄せすぎているのも反感を買う要因の一つだったと思う。でも演技は頑張ってた。クライマックスの告白とか凄いよかった。
映画はいきなり黛玉の帰省場面から始まるので(普通は最初の上京から始まるのがセオリー)、これで面食らった観客も多かったと思うし、なんなら原作未読者はこの時点で置いてけぼりになりかねない。
性格のいじくりもとりあえず一度目の鑑賞では気にならなかった。二回目以降、じっくり見たら気にするかも…。
葬花とか慧紫鵑とか、従来だったらじっくり時間をかけてた場面が割と簡単に流されたのもやはり賛否両論かな。かといって、昔の映画同様、黛玉を泣かせて花びら散る中葬花吟を流しても、やっぱ今時にそぐわないというか古くさいよなぁ~という気がする。少なくとも宝黛の恋愛ものとしてみれば綺麗にまとまってる、が私の感想。

黄佳容/薛宝钗
上で述べた通り。撲蝶シーンはひどかった。婚礼も宝釵側の悲しみはスルーされてて、まあつまりこの映画では単純に宝黛の敵扱いなんだよな…。宝釵ファンにはあんまりだと思う。

林鹏/王熙凤
賈家の若嫁。家計管理を任され四苦八苦している。偶然転がり込んできた林家の財産をうまく用いようとするが…。
可もなく不可もなく、といったところか? 映画だからまあ違和感を出さない程度にやってくれれば十分。苦労人なところも描かれてて他の大人キャラより悪役ぶりが半端な感じ。

关晓彤/贾元春
王夫人の長女にして宝玉の姉。貴妃に昇格して賈家に莫大な威光をもたらす。
単発映画で元春の省親が描かれるのは珍しい。关晓彤は友情出演枠。やっぱり元春役には若すぎた。せめてあと五歳くらい年輩だったら…。バラエティで散々古装のコスプレやってたせいで、なんか元春もコス臭く見えてしまった笑

卢燕/贾母
賈家の長者。黛玉を深く愛している。家計のことには疎く、また周囲からの猛プッシュで段々宝釵を宝玉の嫁と認めるように。演じる卢燕さん、1927年生まれらしい…。フツーに演技してたけど元気すぎだろ。

杨童舒/王夫人
賈政の妻。家の内向きを任される立場だが基本的に熙鳳へ丸投げ。
終始腹黒さ全開で優しげなビジュアルとのギャップが凄い。どっから見ても諸悪の根源過ぎて笑える。まあ原作もそんな感じだから別に間違ってない笑

罗海琼/薛姨妈
薛宝釵の母にして王夫人の妹。息子が人を殺してしまったので賈家へ転がりこんできた。
めちゃくちゃ悪い女に改変されていて、これは賛否両論分かれそう。とはいえあの姉にしてこの妹ありな感じ。

薛藩/?
薛宝釵の兄。さる公子に売られた香菱を横取りしようとして殺人事件をお越し、薛家が上京する原因に。上京後も遊びほうけていた。演者さんの再現度がなかなか良くて印象に残ったけど、百度などで名前が見つからず。映画のクレジットも早くてわからなかった。

张光北/贾政
栄国邸の主にして宝玉の父。真面目な人物だが視野がせまく賈家の没落が見えていない。
娘である元春との御簾越しの再会が悲しい。これは原作未読だとわからないだろうけど、元春の近くに寄れるのは身内でも女性のみに限定。宝玉は弟で子供なため特別に許された。…というのが一切説明されないのが本作。

李越/贾琏
熙鳳の旦那。イケメン。黛玉を故郷へ送り迎えしたり、それなりに出番あり。
演じる李越さんは熙鳳役の林鹏さんよりずっと若かったりする。

冷鑫瑶/秦可卿
寧国邸・賈蓉の妻。皆に慕われる若嫁だが、裏では…。彼女に関しては詳しいエピがあるんだけど映画では知ってる前提で豪快に流されてるので原作未読勢はもはやついていけないと思う。

姚晓棠/贾迎春 杨宝静/贾探春 黄凰/贾惜春
賈家の三姉妹達。宝黛釵メインなのでほぼいるだけ。探春は黛玉のお見舞いにきてくれた。

江安菁/史湘云
四大家族のうち史家のお嬢様。申し訳程度にメインキャラ達と絡む。愛哥哥のくだりも出てきたけど原語の言葉遊びは翻訳だと限界があって難しい。

王艺潇/李纨
賈家の若き未亡人。もちろん何にも説明されないので原作(以下略

杨祺如/袭人
賈宝玉の筆頭侍女。主人へまめまめしく仕える侍女の鏡。時間の都合でお妾昇格エピとかは無し。終始良い子で描かれているのは気に食わない。こいつはプチ(ry

马菲/晴雯
賈宝玉の侍女。原作では侍女版黛玉的な存在だが本作では黛玉にハンカチを届けるくらいしか目立つ活躍がない。

曲芷含/紫鹃
林黛玉の侍女。もうちょっと黛玉との絆を描いてほしかったところ。とはいえ本作の宝黛は紫鵑無しでも十分カップルしてるのでまあこんなものか。演者さんがいかにもな侍女顔で可愛い。

丁嘉丽/刘姥姥
賈家の遠い親戚。困窮した状況を救ってもらおうと賈家を訪問。原作通りのお下品ギャグも言ってくれる。まあ劇場で笑ってる人はいなかったな…。しかしわざわざこのエピソード入れる必要あったか?は疑問。

というわけで、なんというか通好みの作品でした。
ファンそれぞれの意見があるだろうけど、私は熱意を以てこの映画を完成させてくれた胡玫監督に感謝です!!!

コメント

  1. にしきの ふみ より:

    レビュー、盛りだくさんで、面白いです。映画はみてないけれど(観たいな~)観たような気になれました。賈母の演者さんの歳をきいてビックリ…。薛宝釵のお風呂って、何の話だっけ? ネタバレになるといけないので、又いつか教えてください。

    • chunqiumeiju より:

      にしきのさんコメントありがとうございます!!
      是非見て欲しいです。期待値低かったので本当にいい意味で裏切られました。
      賈母の演者さん凄いですよね~。さすが中国。
      宝釵のお風呂は原作にないです…。あの場面自体意味あるのかなぁと疑問でした。
      とりあえず宝黛の青春物語として見れば普通に楽しめます!!