愛情宝典「売油郎」

2002年の大陸ドラマ。監督は张多福、朱德承。
中国古典小説の有名タイトルをオムニバス形式で映像化している。一つのお話につき約5話で、全5作。内訳は「救风尘」「绿牡丹」「风筝误」「小棋士」「卖油郎」。

今回はそのうちの「卖油郎」をレビュー。元ネタは三言二拍の「卖油郎独占花魁」。ずっと大好きな古典小説だったので一気見してしまいました。

主役キャストが原作イメージとぴったりのビジュアルで素晴らしい。任泉の秦重はほんと人がよさそうな商人そのものだし、乐珈彤の莘瑶琴も(別に悪い意味じゃなく)凄く妓女役がはまってる。衣装もいい。
物語は結構改変されている。残念だったのは、秦重と莘揺琴の両親に関するエピソードが軒並みカットされていたところ。まあ物語的には脇の部分だけど、原作ではちゃんと両親も生き延びていてみんな揃ってハッピーエンド、なとこが素敵だったので、ドラマでも再現してほしかった。
あと、原作の素晴らしさは、宋金戦争という時代背景が物語に色濃く反映されていた点も大きい。秦重も莘揺琴も、戦乱を避けて北から南に逃げてきた避難民であり、それが二人の縁を結ぶ接点でもある。ドラマではその背景も台詞であっさり流されてしまった(まあ予算とか話数の都合とかいろいろあるんだろうけど)。なので「あの方は汴梁の人なの?」「あなたのお言葉には北の訛りがありますね」といった台詞がいまいち活きてこない気がする。
他にも、廓のおかみである刘四妈や王九妈が、割と?ステレオタイプな感じに表現されてしまったかな。原作は二人の口上とか手練手管が凄くて、そこも見どころだったのだけど。
とはいえ、このお話のファンなら誰もが見たいであろう「揺琴に会うため三年かけて小銭をためる秦重」「ぐでんぐでんに酔った揺琴を秦重が真心こめて介抱する」といった名場面は丁寧に映像化されていたので満足。終盤は尺が無かったのか思い切り省略されて結婚式に着地してしまった。身請けのために秦重が期限をきってお金をかき集める展開は、同じ三言二拍の「杜十娘怒沉百宝箱」から拝借したものだろうか。原作は揺琴が何もかも自分で用立てて落籍するので、秦重にも身請けの役割を与えたドラマ版の流れもこれはこれでいいと思う。

とりあえず映像化されていたことだけでも感謝。素敵な古装劇なのでよろしければぜひ。

キャスト
任泉/秦重
若い商人。油売りの朱十老に拾われて真面目に商いをしていたが、彼を邪魔に思った兰花・邢权の企みで店を追い出される。仕方なく一人で油商売を立ち上げつつ、ある日見かけた莘瑶琴に恋心を抱く。
任泉の演技がいい感じ。ちゃんと妓楼へ行く前にお洒落をするシーンも再現されてる。

乐珈彤/莘瑶琴
戦乱を避けて南下する途中、両親とはぐれて廓に売られてしまう。技芸に優れ、たちまち臨安の名妓に。
原作ではおかみから王美娘の名をもらうが本作では本名の莘瑶琴のまま。ちなみに売られた時点で琴も詩も歌も一流妓女並みだった。んなアホな、と思って原作確認してみたら幼いころから両親のもとで読み書きや音楽を習ってた。まあ廓に売られた後も数年かけて仕込まれているんだけれど。ドラマだと時間経過がわかりにくいからなぁ。きらびやかな衣装がどれも素敵。
演じる乐珈彤さん、苦界にもまれて捻くれた女性役がぴったり。

沈畅/兰花 
朱十老の店で働いでいる下女。秦重をひっかけようとしてフラれたのを根に持ち、邢权と組んで彼を追い出す。

刘亚津/邢权
朱十老の店で働く店員。秦重を追い出し番頭になる。原作とは末路が異なる。

李颉/朱十老
油屋の主人。耄碌気味で、邢权の口車にのせられて秦重を追い出してしまう。

廖学秋/刘四妈
廓のおかみ。莘瑶琴の義母となって店で働かせる。あくどいけれど、客としてやってきた秦重には割と面倒見がよくて憎めないところも。ちなみに原作の王九妈と役どころが逆になっている。よくわからない改変。

张少华/王九妈
廓のおかみ。莘瑶琴の才能に目をつけて妓楼に入れようとするが、自殺未遂を起こした激しい気性を警戒して、刘四妈に転売する。原作ではどちらのおかみも妓女をコントロールする手練手管や金に対する欲深さが凄かったんだけれど、ドラマではややマイルドな感じに。

石小满/洪大元
油店のお得意客。秦重を気にかけており、何かにつけて手を貸してくれる。ドラマオリジナルキャラ。

孙梦泉/冯婶
秦重が間借りした家のおかみさん。演じる孙梦泉さんは、87年版紅楼夢の李紈役。まさかこんな作品に出てるとは思わずびっくり。

名場面  油売りさんの真心
二年半小銭をためて、ようやく一夜の花代である十両を揃えた秦重。しかし、金を払っても半月分の予約がたまっている莘瑶琴とはなかなか会えない。ようやくある晩対面を果たすが、瑶琴は直前にお相手していた客の屋敷で酒を飲みまくっており泥酔状態。秦重を前にしてもろくに接客をせず、寝床に入ってしまう。あまつさえ、突然嘔吐までする有様。しかし秦重はそんな彼女を一晩中優しく介抱する。翌朝目が覚めた瑶琴は、秦重の真心に心を打たれ…。
原作の名場面がそのまま映像化されていて凄く満足。相手がしがない油売りでも一応お客さんとしてちゃんともてなす刘四妈、逆に油売りが名妓と遊ぶのは不相応だと漏らす下女など、周囲の反応も面白い。

中国土地改革体験記

世にも貴重な、日本人の手による中華人民共和国初期の記録文学。
作者の秋山良照は日中戦争期に八路軍の捕虜となり、その後も中国に残って共産党の土地改革や他の運動に参加している。

当時の中国側の記録文学(私が読んだのは「東に昇る太陽」「緑樹は生い茂る」「北方の赤い星」あたり)は、土地改革にせよ人民公社にせよかなり賛美的なスタイルで、あまり負の面は記されていない。それが本作の場合、一個人の記録ではあるものの、中華人民共和国の初期政策における成功と失敗を中立的な視点で記している。

たとえば土地改革。表面上は「富農から土地を取り上げて貧農に分配するぜ! みんなハッピー!」なんだけれど、富農認定された人(そこには密告とか妬みで富農扱いされてしまった者も含まれる)が土地没収だけで済まされるはずもなく、人民達の手で裁判された後、虐殺されていたりする。土地を得た農民にしても、結局共産主義社会では利益がみんな国に吸い上げられてしまうので、平等に分配されるといっても頑張った分だけ損になって、生産モチベーションがあがらない。

集団農場化を目指した合作社(後の人民公社)にしても、貧農達に運営権を与えたはいいが、彼らは結局教育を受けていない人々なので、せっかく党が構築したシステムもちゃんと運用できない。生産向上のため新式の農具を手配しても、農民達が「何コレ? 使い方わかんない」と利用しなかったり、帳簿の計算が出来ないのでずるい奴から知らぬ間に搾取されていたり。
かえってブルジョア層に近い人々の方がうまく(というか狡猾に)システムを用いて利益を得たり、富農の息子がインテリとして結局村の中で一定の地位を持ち続けたり、まあ社会主義政策につきものな理想と現実のギャップが色々記されている。

そして人々を啓蒙し、よりよい社会思想を広めるはずだった整風運動も、結局個人のエゴが邪魔をして、弾圧や階級闘争など、後に起こる文革の種をもたらしてしまった。思想教育も、理想を高く持つのはいいのだけれど、人間全員に聖人君子を目指せというのはやっぱり無理な話だ。

社会主義は掲げる理念も、人々に平等をもたらす分配システムも素晴らしいのだけれど、悲しいことに人間は理屈だけの生き物ではないので、無理矢理システムに押し込めても失敗してしまう。でも、失敗したからといって、分配や平等の理念がなかったら資本主義は搾取と不平等に走る人間達の天国になる。どこまでも尽きない問題だからこそ、時々こういう過去の歴史について読んでみるのもよいと思う。

また、冒頭で語られる作者の中国における戦争体験も短いながら興味深い。戦場における一兵卒の心理って、こういうものだよなぁと感じさせられる。
そのほか、作中全体を通して、中国農民のたくましさと我慢強さ、国というものに対しての疑り深さなんかも浮き彫りになっている。戦争が散々続いてた時代に、ぽんと新しい国家が出来ました!なんて言われても、はいそうですかと従えるものじゃないよなぁ。