中国土地改革体験記

世にも貴重な、日本人の手による中華人民共和国初期の記録文学。
作者の秋山良照は日中戦争期に八路軍の捕虜となり、その後も中国に残って共産党の土地改革や他の運動に参加している。

当時の中国側の記録文学(私が読んだのは「東に昇る太陽」「緑樹は生い茂る」「北方の赤い星」あたり)は、土地改革にせよ人民公社にせよかなり賛美的なスタイルで、あまり負の面は記されていない。それが本作の場合、一個人の記録ではあるものの、中華人民共和国の初期政策における成功と失敗を中立的な視点で記している。

たとえば土地改革。表面上は「富農から土地を取り上げて貧農に分配するぜ! みんなハッピー!」なんだけれど、富農認定された人(そこには密告とか妬みで富農扱いされてしまった者も含まれる)が土地没収だけで済まされるはずもなく、人民達の手で裁判された後、虐殺されていたりする。土地を得た農民にしても、結局共産主義社会では利益がみんな国に吸い上げられてしまうので、平等に分配されるといっても頑張った分だけ損になって、生産モチベーションがあがらない。

集団農場化を目指した合作社(後の人民公社)にしても、貧農達に運営権を与えたはいいが、彼らは結局教育を受けていない人々なので、せっかく党が構築したシステムもちゃんと運用できない。生産向上のため新式の農具を手配しても、農民達が「何コレ? 使い方わかんない」と利用しなかったり、帳簿の計算が出来ないのでずるい奴から知らぬ間に搾取されていたり。
かえってブルジョア層に近い人々の方がうまく(というか狡猾に)システムを用いて利益を得たり、富農の息子がインテリとして結局村の中で一定の地位を持ち続けたり、まあ社会主義政策につきものな理想と現実のギャップが色々記されている。

そして人々を啓蒙し、よりよい社会思想を広めるはずだった整風運動も、結局個人のエゴが邪魔をして、弾圧や階級闘争など、後に起こる文革の種をもたらしてしまった。思想教育も、理想を高く持つのはいいのだけれど、人間全員に聖人君子を目指せというのはやっぱり無理な話だ。

社会主義は掲げる理念も、人々に平等をもたらす分配システムも素晴らしいのだけれど、悲しいことに人間は理屈だけの生き物ではないので、無理矢理システムに押し込めても失敗してしまう。でも、失敗したからといって、分配や平等の理念がなかったら資本主義は搾取と不平等に走る人間達の天国になる。どこまでも尽きない問題だからこそ、時々こういう過去の歴史について読んでみるのもよいと思う。

また、冒頭で語られる作者の中国における戦争体験も短いながら興味深い。戦場における一兵卒の心理って、こういうものだよなぁと感じさせられる。
そのほか、作中全体を通して、中国農民のたくましさと我慢強さ、国というものに対しての疑り深さなんかも浮き彫りになっている。戦争が散々続いてた時代に、ぽんと新しい国家が出来ました!なんて言われても、はいそうですかと従えるものじゃないよなぁ。