中国古典小説「金瓶梅」の主人公・西門慶は六人の妻妾を抱えていることで有名だが、本編を読むと実際にはさらにもう数人の妻達が存在していたことがわかる。またそれ以外にも多数の女性と関係を持っている。
そんなわけで、西門慶の家族関係について、詳しく整理してみた。
陳氏…西門慶の最初の妻にして正室。西門慶曰く家柄は良くなったが、家庭を切り盛り出来るしっかり者。本編開始時にはもう故人。登場人物の一人・西門大姐はこの陳氏との間に生まれた娘である。亡くなったのは西門家が二十四歳の頃(西門家が二十七歳の時に「三年前に亡くなった」と話している)。その頃に大姐が嫁げる年齢くらいになっていたことを考えると、かなり若い頃にめとった妻だとわかる。
呉月娘…継室。呉千戸の娘で西門慶が初婚。中国において継室の王道パターンは側室からの昇格だが、彼女は後妻として新しく迎えられて正室になっている。ちなみに父親の職からもわかる通り軍人の娘。明代の軍戸って、家柄としては立派な方なのだろうか?(金瓶梅の舞台は宋だが、制度や風習や作品が描かれた明代あたりを踏襲している。旧中国における軍人の地位はかなり悪いのだけど…千戸あたりになればそれなりの地位ではあるのかな)。子供は西門慶との間に男児が一人。西門家の数ある妻妾の中でちゃんと後家を通した唯一の存在。
李嬌児…二番目の側室。もと廓の妓女。馴染みで夜のテクもあり、西門慶に請け出してもらった。李嬌児以降は、お金もしくは美貌を基準に側室として迎えられているようだ。西門慶の死後はとっとともとの廓に戻り、その後張二官の側室となる。
卓丢児…第三側室。もと私娼。第三回で存在を言及されるが、既に重い病をわずらっており、後に亡くなる。西門慶はそのことをあっけらかんとした様子で語っており、あまり愛されていなかったことがうかがえる。一応、葬儀はきちんとやっていた。
孟玉楼…本編の序列では第三側室だが、順番でいえば四番目ということになる。もとは反物商人の正妻で西門慶とは再婚。結構な財産があり、西門慶も仲人の婆さんからその話を聞いて縁談を了承した。ちなみに結婚時は婆さんが年齢を二つほどごまかしていた。西門慶との間に子供は無く、彼の死後はさらに再婚。その時も年齢を誤魔化されている。
孫雪娥…第四側室。もと厨房の侍女頭にして陳氏つきの侍女。西門慶は側室と一緒におつきの侍女も食べたりするが、その流れで侍女から側室へ昇格した例は孫雪娥のみ。といっても、本編では西門慶に殆ど見向きもされない日々が続いており、また他の妻達からも侍女身分あがりということで低く扱われている。西門慶死後は使用人の来旺と駆け落ちをはかろうとして失敗。周守備の側室になっていた春梅に売られて虐待される。
藩金蓮…第五側室。もとは焼き餅商人・武大の妻。西門慶と不倫を繰り返していたが武大にばれ、これを殺害して再婚。容姿がよくて楽器や歌も上手、夜のテクも達者と、遊び相手としては最高だったので西門慶に迎えられた。が、嫁いでからはじゃじゃ馬な性格ゆえトラブルメーカーとなり、愛され度は呉月娘や李瓶児に持っていかれる。西門慶死後は呉月娘に追い出され、戻ってきた武松に偽の婚礼で誘き出されて殺される。
李瓶児…第六側室。もとは都の知府・梁世傑の妾、その後は再婚して花子虚の正妻、彼が病気で死んでからは医者の蒋竹山に嫁ぐが、もともと西門慶と不倫関係を結んでいたのでこの結婚は長く続かず離縁。そして西門慶の側室に。かなりお金もあり容姿もよかったので西門慶には深く愛された。男児を産んだが幼くして死亡。その後、本人も子供を失った悲しみで病気になり死んでしまう。
そのほか食ったおなご達…春梅(藩金蓮の侍女)、秀春(李瓶児の侍女)、蘭香(孟玉楼の侍女)、如意(乳母)、宋恵蓮(使用人・来旺の妻)、王六児(西門家番頭の妻)、李桂姐(廓の妓女)、呉銀児(廓の妓女)、張惜春(旅芸人)などなど。そのほか詳しくは描かれていないが、気に入らなくなったらすぐ周旋屋を呼んで女を売り飛ばし、とっかえひっかえしていた時期もあったらしい。
旧中国での大家庭では、奥様づきの侍女はもれなくセックス相手なので、西門慶も割と頻繁に侍女達を食っている。
また、金瓶梅では全体的に女性の貞操観念や三従四徳についての考えが緩い。
藩金蓮、孟玉楼、李瓶児らの側室は節操なく再婚しているが、側室は正室に比べ、後家を通さなくてもとやかく言われない模様。本編で王婆が「一度目の嫁入りは親次第、二度目の嫁入りは自分次第」と語ったりもする。また妓女出身の李嬌児などは「古いものは棄てて新しいものを迎える」と男替えにはもっと遠慮が無い。現実的に見ても側室は主人の財産を受け継げないので、主がいなくなったら家庭内の立場も非常に不安定。本編でも孟玉楼が同じようなことを考え、再婚を決意している(第九十一回)。ちなみに金蓮達三人はいずれも喪が明けないうちに西門家へ嫁いでいる。金蓮と玉楼は李瓶児が蒋竹山と再婚した際に「まだ前の亭主が亡くなって間もないのに」と非難するが、即座に呉月娘から「喪を守らなかったのは貴方たちもでしょう」と即突っ込みを食らっている(第十八回)。
紅楼夢の賈家クラスになると話はまた違ってきて、女性の結婚や貞操についてはかなりうるさく(主人と侍女がちょっと冗談をかわしただけで「不潔だ! 不貞だ!」と糾弾されるとか)、ここらへんは庶民と貴族の差が読み取れて興味深い。