超一流の小説書評家とはどんな存在かについて語ってみた

数年前、友人と小説が売れなくなって久しい話をしていて、その原因の一つは「超一流の書評家」がいないからだという結論?に達したことがある。
では、優れた書評家ってどんな人か。
超一流からゴミの書評家まで、ちょっと大雑把な区分けだけど以下にまとめてみた。

二流の書評家
売れ筋作品、話題の作品ばかり紹介する人。恐らく現代人で書評家名乗ってたり考察YouTuberやってる大半がこれに相当するのではないか。
二流たる最大の原因は、彼らが紹介している本が書評無しでも売れるという点にある。話題作は本屋でも目立つところに置かれるし、宣伝もあちこちでされるし、作者も売れる実績を持っていることが多い。だからそれを紹介する行為も、余程レベルが高い書評を書くのでなければ、かえって書評家がその話題本の知名度の恩恵を受ける立場になってしまう(特にYouTuberなんかはわかりやすいが、再生数稼ぎを意識するなら話題本を紹介・考察する方が楽なわけで)。
彼らの書評は売れる本をさらに売ってくれるので、その点に関しては一定の意義がある。また広い範囲に情報を届ける発信力もある。しかしながら売れ筋に乗っかるのはレベルが低くても出来る行為であり、かつ本当に書評を必要としている多数の新人~中堅作家、色んな本を売れ筋にしたい出版社、本好きの多くは書評無しでも話題本の情報を持っている、といった各方面の立場を踏まえると、一流とは言い難い。

一流の書評家
強者の読者。自分の好きな本やジャンルを理解し、読書の楽しみ方を知っており、かつ感想をブログや読書メーターに落としてくれる人。それが書評じみておらず、数行くらいの「面白かった!」でまとめられている。
彼らは書店をめぐって、世間の話題や売れ行きに左右されず気になった本を手に取ってくれるし、ジャケ買いや冒頭読み買いのような冒険もしてくれる。それの何が良いかというと、新人作家の作品や見向きもされない新刊を手に取ってくれる可能性が大いにあるところ。そして面白ければその作家の続作も頑張って買ってくれる。感想も二流の書評家みたいに「オレの発見した考察!」みたいなものを長々押しつけず、シンプルに面白いかつまらないかわかりやすく的確に書いてある。売れてる作家というのは所詮上位の一、二割なわけで、それを除いた多数の作家を支えてくれるのがこの一流層の書評家。
世間でいうところの「本好き」「無名の読者」がこれに相当する。読者メーターや個人ブログやSNSで多種多様な作品を紹介してくれる読者はこの一流であることが多い。娯楽が多数存在する現代で本に趣味のリソースを大きく使ってくれる意味でも大変に貴重。二流の書評家だって本好きじゃんという反論はあるだろうが、彼らと違うのはビジネスライクでやっていないことで、そのために二流につきまとう欠点が一流には無い。反面、一流の書評家の欠点は発信力がどうしても二流より落ちてしまう点で(二流が持つ書評家として目立ちたいという欲も薄いので)、それを克服している人は一流の中でも上位層といえる。
※強者ではない読者とは、自分の読みたいものや好きなものがわからず、かといってなかなかジャケ買いのような冒険も出来ず、といった人。なのでみんなが読む本は売れ筋に行きがち。それが悪いわけではないが、彼らは指標さえあれば一流の読者になってくれる余地がある。そんな人達のために、下記で紹介する超一流の書評家の存在がある。

超一流の書評家
流通する本の山の中に埋もれた作品・忘れられてしまった作品を掘り起こして多数の読者に繋げてくれる人。求めている本が見つからない読者にそれを処方してくれる人。
誰が言ったか忘れたが小説(もといすべての娯楽)は「心の薬」である。しかし小説はあまりに沢山存在している。だからこそ、自分の欲しい薬=作品を求める読者とそれを作った作家を繋げられる人の存在意義は大変に大きい。そして作家側からしても、特に次から次へと新作が生まれる現代では尚更だが、既に流通しなくなった過去作を拾って新たな読者獲得の発信をしてくれることは大変有意義で、救いになる。
友達と話した時はそんなんいるんか?になったのでまあ理想の存在ではある。いかに超人でも、古今東西に存在するあらゆる小説を読みきるのは不可能なので、この超一流の書評家は特定ジャンルに特化した人達の中にいるのでは、と考えている。私が見た中でこの超一流に近いのは、マイナー本を紹介している同人界隈の書評家さん。ただし同人側なので発信力は低い。
超一流に必要なのは、一流と二流の良い部分を併せ持つことだと思う。どちらかといえば、発信力は簡単に身につかないので、この超一流が生まれる土壌は二流の書評家勢にあると考えている。惜しむらくは二流の項で述べた悪い部分を克服している書評家はなかなか見かけないところにある。

ゴミ
上記以外の論外勢力。自分の主張のために作品を利用する人。例えば現代的価値観・思想に照らし合わせて古典とかを非難したり、本の内容の一部を拡大解釈して自分の思想や主張に利用する人。
純粋に読書界隈のガンなので、言いたいことがあるなら作品の知名度を借りず自分の言葉でやってくれ。ネットとかで何人か見かけたことあるけど絡まれたくないので名は言わない(それなりに声がデカくて有名だからタチが悪い)。

業界的に一番必要なのは一流の書評家、つまり無名の読者、純粋な読者だと思う。ただし先述したように娯楽が多様化し、文字媒体も溢れる現代でその数を増やすのは難しい。特に映画や漫画のように視覚的に判断出来る要素が無く、スポーツや音楽のように放っておいてもそれをする人が安定供給される環境が無い。どうやって読者を増やすべきか、そんなことはとうに出版業界が長年考えているだろうけれど、私はその鍵が一流の書評家にあると思っている。本好きを増やすには、売れ筋以外の色んな本にアクセス出来る道筋が必要で、それは二流じゃ無理なのだ。
また作者側にとっては、もっと埋もれた作品を浮上させる、あるいは新人作家や伸びにくい作家を救うプラットフォームみたいなものが出来上がれば良いのでは、ということも友人と話した気がする。文学フリマはその可能性も持っていたけど、今では縮小書店市みたいになって商業作家が商業本を持ち込んで疑似サイン会やったり企業がグッズ売ったりと、売れない作家・同人作家を容赦無く叩き落とすような商業構造(縮小書店市に無名の作家が出て行っても簡単に成果は出ないから)になってしまったのであんまり希望は持てなくなった。そこらへん、商業に呑まれていないコミティアの方がいいと思う。