芙蓉千里

中華民国期のハルビンを舞台にした長編小説。作者は須賀しのぶ。少女小説畑の方だが、歴史背景の盛り込み方や文章のスタイルはなかなか硬派で、本格的な歴史モノを読んでいる気分にさせてくれる。

あらすじ
女衒に売られて中国大陸へやってきた辻芸人あがりのフミ。一緒に売られたタエと共に、彼女はハルビンの遊郭「酔芙蓉」で働くことになる。最初は表にも出れない下働きのフミだったが、ある時角兵衛獅子の舞を宴席で披露したことをきっかけに、体を売る女郎ではなく、芸を売る芸妓として頭角を現していく。月日が過ぎる中、フミはやがて大陸浪人の奔放な山村、貴族出身で芸術狂の黒谷、二人の男に惹かれていくのだが…。

まず舞台設定が素晴らしい。ただでさえあまり描かれない中華民国期、それも上海や南京ではなくハルビン、さらに主役が妓女。本作の面白さは、この設定によるところが大きいのでは。
中華民国期のハルビンは国際都市である。中国人だけでなく、朝鮮人も日本人もロシア人もいる。ゆえに妓楼を描くことによって、様々な階層、色んな種類の人間を描くことが出来る。徐々に征服者として振る舞う日本人、日本へ反感を大きくしていく中国人、国際情勢に巻き込まれる被害者の朝鮮人、国内の問題から別天地に希望を求めるロシア人、などなど。妓女達の暮らしも、国際情勢の変化によって大きく揺れ動く。そこにドラマが生まれるのだ。

主人公コンビのフミとタエもそれぞれに魅力的。不幸な過去をばねに、大陸一の女郎になることを目指すフミ。何事にも物怖じしない生き方がとにかく素敵。少女小説系の作品って、恋愛面では受け身な女性が多いけれども、フミはそちらでも積極性を発揮する。山村に対してはまだ子供の頃に「私を貰うって約束してくださいね(はぁと)」、黒谷に対しては「絶対私のこと惚れさせてやるから覚悟しとけや!」と迫る。なかなかいないぞ、こういう主人公。ラストにおける決断はホロリとさせられた。
もう一人の主人公・タエも非常に魅力的。中国へ渡ってきた時はすぐに折れてしまいそうなほど惰弱だったのに、どんどん逞しくなって客を弄べるほどの妓女になる。もともと目的意識も無く、フミのためにただただ頑張るというモチベーションだったので、これはもしや百合展開にでもなるのかと思ったけどそんなことは無かった。文庫版「芙蓉千里」の後には、タエが主役の短編が掲載されており、そこではロシア人貴族の息子との甘い恋愛が描かれている。ここでのタエは本当に普通の女子っぽい恋をしていて可愛い。

ちなみに本作はシリーズもので、続編が三編ほど描かれている。機会があればそちらも読んでみたい。
舞台が激動の時代だし、酔芙蓉では先輩妓女の死が相次ぐといった事件も起こるのだが、フミの前向きなキャラもあってか、ストーリーはさほど暗さを感じない。さわやかに読める作品なので、興味があれば是非。