古龍武功考察 「小李飛刀」シリーズより小李飛刀

金庸と並び称される武侠小説家御三家・古龍。代表作の一つである「小李飛刀」シリーズ(「多情剣客無情剣」「辺城浪士」「飛刀、又見飛刀」)に登場する小李飛刀は、各作の主人公に受け継がれ、百発百中で敵を葬る文字通りの必殺技。飛刀というのは暗器の一種で、いわゆる投げナイフである。

他の古龍小説作品同様、武功の仕組みや由来は作中であまり明らかにされない。とにかく速く、投げたら当たり、必ず敵を倒す。理屈っぽい金庸と異なり、むしろ重要なのは精神性の方で、強く正しい心の持ち主であればこそ最大の威力を発揮する。
「小李飛刀」の名は、「多情」の主人公である李尋歓から来ているが、その李尋歓も塵外の達人に武術を授かったという簡素な記述があるのみ。しかし続作では伝授の系譜がはっきりしている(葉開→李尋歓の弟子。李壊→李尋歓の子孫)。
「多情~」の李尋歓は既に至高の境地へ達しており、自由自在に使いこなしている。普段はどこに収納されているのか不明だが、手を翻すと瞬時に手中へ姿を現し、放てば敵の喉元を確実にぶち抜く。どうやって投げたのか、いつ投げたのかもわからないほどの速度で、地の文でもそのままの説明が書いてある笑 見方によっては手抜きとも捉えられるような簡潔さだが、絶妙な説得力が漂うのはやはり古龍先生の筆がなせる技。江湖では「小李飛刀にし損じ無し」とも評される。投げられたら最期なので、本当に恐ろしいのはむしろ放たれる前の方。李尋歓と相対した敵は(ほぼ100%無理だが)いかにして飛刀をやり過ごすか戦々恐々することになる。なお、飛刀は複数持ち歩いているようだが投擲は一度に一発のみで、まとめて放つことはしない。出来ないわけでは無いだろうが、基本的に精神集中してこそ力を発揮するので威力を落とすことになると思われる。
武器として使われる飛刀は三寸七分。外観はシンプルだが、実は限られた鍛冶屋が三刻かけて鍛えた特注品であり、簡単に偽造出来るものではない。本人のトレードマークでもあるためか、交友を結んだ白天羽に「忍」の字を掘った飛刀をプレゼントとして与えたりすることも。
作中に出てくる江湖の武器をランク付けした書物「兵器譜」では第三位に置かれている。

数十年後を描いた続編である「辺城浪士」では主人公・葉開の武功として登場。李尋歓から直々に伝授されている。不幸な出自を持つ葉開に対し、李尋歓は人を殺すことではなく愛することの重要性を深く説いたうえで、最後に小李飛刀を教えた。そうした経緯もあって、作中ではほぼ殺しでは無く人助けのために使われる(主に得物の破壊、自刃の妨害など)。葉開は李尋歓以上に刀を見せない・使わないことを徹底しており、技量や経験差を抜きにすれば師匠よりも洗練されたといえるだろう。前作で多数の敵を葬った活躍ぶりからすると地味に感じてしまうかもしれないが、薄刃にもかかわらず岩壁に深くめり込ませる、無敵を誇った傅紅雪の黒刀を叩き折るなど、その凄まじい威力もちゃんと描写されている。傅紅雪曰く「葉開の刀を見た者は二度と刀を握る勇気を失い、命を取られずとも心が死ぬ」。実際、作中で対峙した相手は葉開の持つ心の強さに圧倒され、戦うこともなく敗北に近い状態へ追い込まれていた。数十年ぶりに江湖に姿を現した荊無命も、殺しより上の境地に至った葉開の戦いぶりを見て、天下第一の刀客と評している。日本のエンタメに出てくる不殺系主人公はその行動・言動の半端さから批判の的になりやすいが、その点葉開の不殺ぶりは一貫して迷いが無く、キャラクター描写として一つの頂点だと感じる。半世紀も前にこんな描写が出来ていた古龍先生はスゴイ。
また、李尋歓が江湖を退いて久しくなっているにもかかわらず、未だ小李飛刀の恐ろしさは伝わり続けており、作中最高峰の実力者である馬空群すらも、偽物を見ただけで怯えていたほどだった。
※同じく葉開が主役の「九月鷹飛」は未読ですので、今後読了した時に気になる点があればまた追記させていただきます。

さらに続編の「飛刀、又見飛刀」でも李家の子孫・李壊の武功として登場。また李家の現当主である李曼青らにも受け継がれている。この時代の江湖では李家の名声にも陰りが生じているものの、強さは依然として本物。李壊は孤児として江湖をさすらいながら「小李飛刀」の奥義書を七年あまりかけて修行した。
本作では、小李飛刀と対照的な武功として「月神飛刀」が登場する。李家を仇とつけ狙う若き女性「月神」薛采月が使用。「月の光が全てを照らすように、その刀光から逃げられる者はいない」と称され、速度と威力は小李飛刀に並ぶ。小李飛刀との違いは常に凄まじい殺気を放っている点。恐らくは使い手によるところが大きいのだろうが、小李飛刀が放つのは堂々とした気概や慈愛の心であり、殺しの道具でありながら殺気を感じさせない。

なお、上記三作の主人公は内功外功いずれも完成された状態であり、基本的に飛刀無しでも普通に江湖最上位クラス。金庸と異なり最初から強い主人公ばかりな古龍作品の特徴でもある。

劇中の対戦者「多情剣客無情剣」
郭崇陽
孤高の凄腕剣客。得物の崇陽鉄剣は兵器譜の第四位。李尋歓との決闘では凄まじい剣気で追い詰めるも、必殺の一撃をなげうつ前の飛刀で防がれる。これによって飛刀が破損してしまい投げられなくなったため、勝敗は引き分けとも言えたが郭崇陽が自ら負けを宣言した。そばで見ていた孫小紅曰く「李尋歓は三度つけいる隙があったのに見逃した」とのことなので、郭崇陽もそれがわかっていた模様。

大歓喜女菩薩
巨体で超ド級のデブ女。その分厚い脂肪は長剣をも受け止めてしまう。それでいて何故か俊敏な軽功が使える化け物。小李飛刀で片眼を潰されるがまったく動じず、引き抜いてからバリバリかみ砕いて見せた。大抵のことには動じない李尋歓もこれには焦りを見せ、ある意味作中で一番恐ろしかった敵。

上官金虹
金銭幇の幇主にして、得物の「龍鳳双環」は李尋歓をもしのぐ兵器譜の第二位。一度目に対峙した際は「手中に環無く、心に環あり」の境地を見せつけるが、李尋歓も「刀に技無く、心に技あり」の境地で応じ、実力を認め合う。
二度目の戦いでは荊無命を連れて二対一に持ち込み、李尋歓を絶体絶命の状況に追い詰める。しかし勝利を確信したからか「自分の部屋へ連れ込む(かえって李尋歓に余裕を与えることになってしまった)」「江湖でし損じ無しの小李飛刀を避けられるか試したいと無謀な欲をかく」など心の隙が生じ、そこへつけ込んだ李尋歓の飛刀で喉を穿たれ敗北した。純粋な実力でいえば、上官金虹が上だった模様。

劇中の対戦者「辺城浪士」
傅紅雪
作中では二度手を交える。初戦では、誰にもかわせなかった傅紅雪の一閃を葉開が避けて終了。その前に葉開は白健へ脅しの飛刀を放っており、傅紅雪はその技を見切れなかった。
二度目は、傅紅雪が仇である馬空群へ黒刀の一撃を振り下ろそうとしたところに飛刀を投げうち、刃を折った。ある程度予測していたとはいえ、傅紅雪の迅速な一撃を後追いする形で防いだ葉開の動きはまさに神業といえる。

劇中の対戦者「飛刀、又見飛刀」
薛采月
父の仇を討つべく李家に挑戦してきた薛采月に対し、李家の人間として応じることになった李壊だが、よりにもよって采月は恋人でありしかも李壊の子供まで宿していた。結局、作中では二人の戦いの結末は描かれずに終わっている。古龍作品では割と見かける打ち切りエンドである笑