郁達夫 果てしなき夜

【送料無料】 中国現代文学傑作セレクション 1910‐40年代のモダン・通俗・戦争 / 大東和重 【本】

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郁達夫初期の短編小説。
日本の留学生だった青年、干質夫は過去を忘れ、全てを新しくやり直すために中国へ戻ってきた。しかし、故国の姿は彼の期待と異なり、醜い現実に満ちていた。教師としての新しい生活を始める質夫だったが、その心は理想と違う方向へ徐々に飲み込まれていく。

主人公の干質夫は郁達夫自身をモチーフにしており、作中の出来事もほぼ本人の経歴をなぞっている。日本に留学して、姓に溺れる堕落しきった生活の後、これではイカンと故郷へ戻る。自分の学問と理想を、国家のために役立てるのだと、最初は奮起している。ところがいざ帰ってみると、港の雰囲気は不安をいやに煽ってくるし、着任した学校は革命騒ぎで落ち着いて授業が出来る場所ではない、おまけに忘れようと決心した女への欲情まで湧いてくる…まあつまり、本編で描写されているこれらが、郁達夫その人というわけ。

どの作品を読んでも思うことだが、郁達夫という人は、自己陶酔の激しい理想家青年といった感じで、まあ平たく言えば読んでいてムカつく(笑)。
激動の時代を生きる一人のインテリ青年として、国家のために働く理想も持っている。持っているが、その活力は大抵の場合、国家や社会の悪口、そして無力で堕落した自分への攻撃といった方向に発揮される。
もちろん、本編の描写を見るまでも無く、この時代の中国がいかにダメな国家であったかは明白なんだけれど、だからといって郁達夫のアプローチが正解とは思えない。国と社会の悪口垂れ流したって、どうにかなるわけでもないのだし。もちろん、本人もそれは自覚があったのだろう。だから、ただ自分の情けない現状もありのまま書くしかなかったし、郁達夫青年の姿は、そのまま中国の姿でもあった。
しかし、この自分の内面を赤裸々に表現する、といった手法が当時の中国人に大きな影響を与えたのも事実。自分はこういう小説は正直言って好きじゃないんだけど、後の中国文学の発展において郁達夫が一つの成果を残したのは確かだと思う。

本作は郁達夫が数人の文学仲間と共に設立した「創造社」の雑誌「創造季刊」第一号に掲載されたもの。しょっぱなにこんなもん読まされたら当時の文学青年もそりゃびっくりだろう。ちなみに本作の主人公・質夫が登場する作品はその後も何作か描かれており、一連の伝奇小説としても読めるようになっている。
さらにまた余談だが、本編の終盤で質夫は友人と妓楼へ遊びに行く。友人から女の好みを聞かれて答えが「不美人、年かさ、客が少ない」。中盤でも平凡な容姿の女性を性欲発散に使っていたので、ほんとにそういうところが好みだったのだろうか。ちなみに友人は質夫の発言を聞いて彼を玄人だと思い込んだ。そうなんか…。

コメント

  1. 新サイト開設おめでとうございます。

    実は私はこの本を購入しようと考えていましたが、値段の高さに諦めてしまいました。

    郁達夫の作品は一つも読んだことが無いのですが、春秋梅菊さんの詳細なご紹介でもう読んだ気になってしまいました。

    性格的に郭沫若、成仿吾などの創造社系は身体が受け付けないのですが、これからはもっと幅広く作品を読まなければと思った次第です。