金庸邪読 黄蓉、楊家を見殺しにする

 金庸小説を斜め読み! 邪悪な視点から考察してみました。多分に妄想が入ってますのでファンの方はご了承のうえで以下どうぞ。

 神雕侠呂の主人公・楊過は売国奴の子供である。父は生まれる前に死亡し、母とも幼くして死別。その後は江南で物乞いをしながら孤独に貧しく暮らしていた。江湖を騒がせていた李莫愁が陸家荘を襲撃した時、偶然現場に居合わせた楊過は、自分の名付け親である全作主人公である郭靖とその妻・黄蓉に出会う…。
以上が神雕侠呂の冒頭である。楊過は郭靖夫婦に引き取られ、しばし桃花島で暮らすのだが、このあたりの展開について、実は前々から疑問に思っていたことがある。

 何故郭夫婦は、もっと早く楊過(さらにいえば楊母子)を探し出し、辛い生活から救えなかったのだろうか? 

 本編において郭靖は楊過を実の息子同然に慈しんでいた。ひねくれ者の彼を受け入れ、武芸を授け、娘を嫁がせようとした。単なる名付け親としての責務にとどまらぬ深い愛情が、そこにはあった。
 だからこそ、不思議でならない。郭靖夫婦は師匠の洪七公や黄薬師を探すべく桃花島を出たり、柯鎮悪に連絡をとって呼び寄せたりしている。島にいても、きちんと外界との接触はあった。名付け親たる郭靖からすれば、楊母子もやはり気がかりな存在だったはず。ただでさえ母子二人の貧しい暮らし、江湖は危険だらけで、そのうえ宋は金やモンゴルと戦争中。出来れば安全な桃花島に迎えてやりたいというのが、親戚としての人情だろう。
 だが、出来なかった。本編では楊過本人と出会うまで、まったく音信不通だったように見える。
 つらつら考えてみて、気がついた。楊過と郭靖を会わせたくないと思っていた人間が、身近にいたではないか。
 他ならぬ黄蓉である。
 本編では触れられていないが、彼女は二人を引き離すべく、色々画策していたのではないか。以下、黄蓉の立場から心情を推察しつつ、この謎に迫っていこう。
 
 「神鵰侠侶」を読めばわかる通り、もともと、黄蓉は楊過を快く思っていない。桃花島では自分の弟子にしながら武術を教えず、数年後英雄大宴で再会した時も「私はあんたをちゃんと扱ってやれなかったから、恨んでくれてもいいわよ」などとヒドイ開き直りまでしている。
 ここまで楊過を嫌う原因は、彼の両親にあった。話は前作「射鵰英雄伝」にさかのぼる。
 まず父親の楊康。出会ってから最後まで、まるきりいい印象がない。何せこの男のおかげで、郭靖と黄蓉は度々散々な目に遭っている。
 ざっとあげると
比武招婿がきっかけで、趙王府の陰謀や乱戦に巻き込まれる
臨安府で郭靖が刺される
牛家村で打狗棒を盗まれ、丐幇が大騒ぎに
江南七怪殺しの濡れ衣を父親に着せられ煙雨楼で大合戦
 とまあこんな感じでイメージは悪いものばかり。
 時に穆念慈の恋のため、時に義兄弟の誓いに拘る郭靖のために、やむなく楊康を助けたりすることもあったが、黄蓉本人は微塵も彼に思い入れなど無い。唯一彼を評価したのは欧陽克殺害くらいだろうか? 最後は欧陽鋒の手を借りる形とはいえ、自ら引導を渡してしまった。もちろん、後年になってもそれを後悔している様子はなく「死んで当然だった」と郭靖に吐露している。
 では、母親の穆念慈はどうか。こちらも出会いのきっかけはよくなかった。短気な丘処機が「親同士の遺言じゃっ!」などと言って無理に郭靖と念慈をくっつけようとしたのだ。仲を引き裂かれて怒り心頭の黄蓉は、旅の途中で出会った彼女を殺しかけている。幸い、人格者の七公が仲裁してくれたので、以降は関係も改善された。しかし、最終的に二人の友情はかなり微妙なラインまで落ち込んでいるように思われる。
 第一に、先程書いた楊康殺しに荷担した事実。成り行きとはいえ友達の想い人をやってしまった、となれば相当気まずい。実際、念慈に楊康の最後を語った時、黄蓉は自分が殺害に手を貸したことを伝えなかった。
 第二に、彼女が産んだ楊過のことである。赤子を前にするなり、ぼんやりな郭靖は「俺が名付け親になるよ~。面倒も見るよ~」と安請け合いしてしまった。郭靖本人は楊康の死に関わっていないから、念慈に全く負い目がないというのもあるけれど。
 隣で聞いてた黄蓉は内心「えぇ?」と思ったのではないか。何せ子供の仇は自分なのである。続編の神雕で語られるが、江湖において親の仇を討てないのは最大の不孝とされている。後々面倒なことになるではないか。そうでなくても嫌いな売国奴の息子。偏見抜きで接してやれるかもわからない。
 とはいえ、この時点の黄蓉はまだ未婚の娘。靖さんったら、また問題を気安く引き受けちゃって…くらいの気持ちだったかもしれない。彼女の不安が真に顕在化するのは、数年後、母親になって子育てのリアルを経験してからである。

 さて、ここからは神雕の話に入る。前作から月日が経ち、黄蓉は母親になった。最愛の夫・郭靖との間に生まれた可愛い娘。ところが、彼女は両親の長所ではなく、欠点ばかりを見事にブレンドしていた。年端もいかぬうちから乱暴で我が儘放題、おまけにバカ。郭靖は厳しくしつけていたが、黄蓉は我が子可愛さに、諸々の欠点をまるで無視。それでも、さすがにちょっとは思うところがあっただろう。子どもは良くも悪くも両親に似るものだと。
 自身も偏った家庭環境で育ち、ママ友もいない桃花島での子育てでは、同年代の母親として嫌でも穆念慈の姿が思い浮かぶはず。うちの子がこんな有様なのだから、穆姉さんの子供も、きっと父親の邪悪な気質を受け継いでいるに違いない…。そんなことを考えたりしたのではなかろうか。
 さて、桃花島に隠遁して数年。郭靖は洪七公や黄薬師を懐かしがって、時折外出していたことが本編でも書かれている。子育てに苦労している郭靖としては当然、同じような立場の穆念慈が気にかかり、話題に出したはずだ。
「なぁお蓉、穆姉さんはどうしてるかな? 俺達でさえ子育てが大変なんだから、父親のいない姉さんはもっと苦労してるだろうな。いっそ桃花島に呼んで暮らしてもらったらどうだろう」
「おっ、そういえば姉さんの子供は男の子じゃないか。親父の代では子供が男女なら夫婦にしようと約束してたみたいだし、俺達もそうしないか?」
 黄蓉からすれば、いよいよ来たかと身構えたことだろう。父親と同じく親バカな彼女にとって、郭靖の話は受け入れがたかったはずだ。
 あんないけ好かない楊康の息子を芙児のそばへ置くなんてとんでもない。父親とそっくりだったら悪影響を与えるわ。そのうえ結婚だなんて! 可愛い芙児をあいつの子供になんかやれるわけないでしょう。大体、私は仇だし…。
 尽きぬは母の悩み。とはいえ、義兄弟の誓いなどという大義名分を持ち出されては簡単に反対も出来ない。それに黄蓉は奔放なようでいて、結構男に尽くすタイプの女性である。愛する郭靖がこうしたいと言えば、基本的には従うスタンスなのだ。
 それでもやっぱり、大事な一人娘のこととなれば話は違う。何とか誤魔化すすべはないものか…。
 賢い彼女は考えた。そしてある方法を思いつく。何のことはない。要するに、郭靖と楊母子が会えないようにすればいいのだ。

 計画の実行は簡単である。何せ黄蓉は丐幇の幇主。当時の丐幇は江湖でも随一の巨大勢力、配下の乞食は広く天下に散っており、情報収集力も並々ならぬものがある。本編の英雄大宴でも、あっちこっち気ままに放浪していた洪七公の足取りを複数の乞食が掴んでいた。黄蓉が桃花島にいても丐幇の秩序は保たれていたし、ちょっと指令を出せば人探しくらい朝飯前だっただろう。
 果たして、楊母子の生存と居所はほどなく黄蓉のもとに届く。どうやら元気に暮らしているようだ。とりあえず、郭靖には適度に情報を与えるに留め、合わせることだけは避ければいい。
 かくして、彼女は自分の権力を利用し、郭靖の懐柔に奔走する。郭靖が楊母子を探そうなどと言い出したら、すかさず理屈で抑え込む。
「安心してちょうだい。靖さんがそう言うと思って、丐幇の部下に行方を捜してもらってたのよ。穆姉さんは〇〇で元気にやっているわ。だからわざわざ会いに行く必要無いのよ。何かあれば、丐幇から知らせが来るわ」
「そっかー。さすがお蓉は気がきくな。それなら心配いらないな」
 黄薬師や洪七公のように行方不明でなければ安心感もあるというものだ。妻への信頼厚い郭靖は、その場は納得して話を納める。けれど、数年も経てばまたぽろりと同じ話題を持ち出してくる。
「なあ、楊過が無事に育っていればもう十歳くらいだろう。そろそろ顔を合わせて、将来の話をしたり、武術を教えたりしたいな。今度会いに行かないか?」
 黄蓉とて、常に言いくるめて終わり、というわけにもいかない。かえって怪しまれてしまう。時には同意して「いいわよ。丐幇の情報だと、穆姉さんは杭州にいるみたいだから、一緒に行きましょう」などと出まかせを言い、杭州へ出向いたりもする。もちろん楊母子はいないが、裏で配下の乞食に口裏を合わせてもらい「実は楊母子は三日前に杭州から引っ越しちゃったのです」と報告させる。
 郭靖が不安そうになったら、そこは理屈を通し込む。
「穆姉さんは芯の強い人だし、一人で江湖を渡ってきた経験があるんだから大丈夫よ」
「丐幇のみんなに探してもらえばすぐ行方もわかるわ」
「もしかしたら穆姉さん、私達に面倒をかけたくないと思ってるのかも。楊康のことで色々負い目もあるし…」
 かくして、誤魔化しながら月日は流れ続ける。黄蓉からすれば、娘が年頃に育ち、いい感じの相手とくっつけてしまえば万事安心だ。娘の嫁ぎ先が決まれば、あとは郭靖の好きにさせてやろう。そんな風に思っていたかもしれない。
 
 ところが、予想外のことは起きるもの。例によって父や師匠を探すべく嘉興へ遊びに出かけた矢先、郭夫婦は李莫愁の起こした騒ぎに巻き込まれる。
 そんな中で出会った一人の少年。常に丐幇から情報を得ていた彼女は、即座に正体を見抜く。
 こうして、黄蓉の計画はとん挫した。運命は郭家と楊家を再び引き合わせたのである。郭靖はもちろん、かねてからの宿願を果たす気満々。桃花島への帰り道でさっそく郭芙と将来結婚させようと言い出す。げんなりした黄蓉は正直に「私は嫌よ」と答えたものの、夫の意志が強いことは知っているから、強く反対も出来ない。それに穆念慈の死は、長年彼女を放置していた自分にも責任がある。何より黄蓉も母親。もし私達が死んで芙児が一人ぼっちになったら…なんて考えたら、孤児となった楊過も少しは哀れではある。
 かくして、彼女も妥協し、楊過がどのように育つかを見守ることにした。もし将来見所のある人間に育てば、結婚も視野に入れよう、と。
 あとは本編の通りである。

 以上、ずっと楊家を気にかけていた割に郭靖夫婦がその行方をどうして掴めなかったのか、そんな本編の疑問から妄想しまくってみました。もしかしたら黄蓉は念慈の死も丐幇から知らされていたかもしれません。楊過の正体を見破る一幕が(彼女の賢さを抜きにしても)あまりにも手際よすぎたので。

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