大学で読んでほしい中国小説ランキング(古典編)

コロナウィルスでままならぬ日々が続いておりますが、大学で中国関連の学科に進む方々に、是非オススメしたい中国古典小説を紹介します。ランキングは私見が入ってますが、どれを読んでも中国文化の学習にきっと役立つと思います。ご参考にしていただければ幸いです。

一位 紅楼夢
中国古典四大名著の一つ。さる大貴族・賈家の興亡を背景に、主人公賈宝玉とヒロイン林黛玉の、前世から結ばれた因縁の恋愛が繰り広げられる。
間違いなく中国古典小説史上の最高傑作。優れた人物描写、幾多の伏線をちりばめた物語構成、虚実と現実を巧みに織り交ぜた設定、完成半ばで作者が亡くなったことにより残された謎の数々……読めば読むほど人を引きつける作品。
紅楼夢が他の三名著(三国志演義・水滸伝・西遊記)と比べて優れているのは、中国社会のリアルや本質を描いたところだと思う。三名著は史実を下敷きにした虚構のお話。だから登場人物は理想化され、善悪が二極化し、物語も事実と乖離しやすい。本作はその真逆で、虚構の世界に仮託しながら、作者の半生がモデルとなった事実を描いている。紅楼夢には中国のありのままの姿がある。面子の立て方、出世の仕方、男女の作法……どこを読んでも「ああ、中国人だな」と感じさせてくれる。またストーリーを通じて、社会・思想・芸術・言語など、多岐に渡る分野への言及がある。下手な中国文化入門本を読むより、本作を読む方がよっぽど中国への理解に繋がる。
人物に関しては、とにかく女性描写がスゴイ。実在の女性をモデルにしたとはいえ、男性が書いたとは思えない観察眼が光る。メインヒロインの金陵十二釵は特に白眉(別記事で彼女達のことを書いているので、よろしければご覧ください)。
本作の魅力について語ると無限に終わらないので、まあこのへんで。中国小説に興味があるなら、是非一度読んで欲しい傑作。ちなみに、とっつきにくい作品としても有名なので、ある程度他の作品を読んでからチャレンジすべきかもしれない(私もハマるまで何回も挫折しました)。
別ブログで全話紹介記事書いてるので、こちらもよろしければどーぞ。
紅楼夢全話レビュー

二位 浮生六記
清代の無名文人・沈復の自伝小説。亡き愛妻・芸娘との貧しくも幸せな日々、離別の悲しみを描いている。当時の中国では閨房について詳しくつづること自体が珍しく、一般的な文人層の生活ぶりを知るうえでも貴重な作品。
それより何より、二人の愛情たっぷりな夫婦生活が微笑ましい。いつの時代の、どこにでもいるような善良な男女。そんな二人の、ささやかだけど満ち足りた生活。前半はほぼのろけエピソードの垂れ流しなのに、どれも嫌みが無くて、読んでるこちらも幸せな気分になってしまう。
しかし、そんな二人はやがて両親の圧迫や度重なる困窮で追いつめられていき、とうとう妻が若くして亡くなる。このあたりは本当に涙無しでは読めない。
作者は無名文人とはいえかなり教養があり、旅先の風物や食べ物などについての描写は色々勉強になる。
岩波文庫でお安く手に入り、本編もそれほど長くないので、是非読んで欲しい名作。

三位 桃花扇
清代の長編戯曲。滅び行く明王朝を背景に、若き恋人達、忠義を貫いて戦う軍人、腐敗する政府役人などを描いた歴史群像劇。
中国古典戯曲の最高峰は? と聞かれたら長生殿や西廂記と並んで必ず名前の挙がる一作だと思う。とにかくストーリーがドラマチックで起伏に富んでいる。文人、軍人、商人、宰相、芸妓、色んな階層の視点から王朝の滅亡を描いているのが見どころ。何より作者が実際に明の滅亡を体験しているので、物語のリアル感が尋常ではない。主人公カップルの李香君と候方域や名将・史可法をはじめ登場人物もほぼ実在の人物である。明末は日本だとそこまでメジャーではないので馴染みの無い方も多いだろうが、史実を知らなくても十分楽しめる出来。重厚な中国歴史ものが読みたい、という方なら手にとって損は無いはず。
翻訳は中国古典文学大系「戯曲集」に収録されている。

四位 水滸伝
宋代、梁山泊に集った豪傑百八人の華々しい戦いと、壮絶な最期を描く。個性豊かなヒーロー(とは到底呼べないような奴もいる)達の活躍(あるいは暴走ともいう)が楽しい作品。恐らく、最も庶民に支持されてきた中国古典小説ではなかろうか。水滸伝には、中国庶民の理想の生き方、理想の国家増が無意識のうちに反映されていると思う。
中国人は「個」の力が強い。出典は忘れたが「中国人が十人集まると、みんなバラバラに意見を言ってとてもまとまらない」というような言葉があった。だから中国では伝統的に支配者が強大になり、権力でその個を押さえつけようとする。
しかし水滸伝の梁山泊はどうだろう? 誰もが強烈な個性を保ったまま、のびのびと生きているではないか。人殺しの常連、破戒僧、アヤシイ商人、わけのわからん一芸に特化したヤツ。どんな人間をも受け入れ、ありのままを容認する梁山泊。これこそ、中国庶民が理想とする国家のイメージではなかろうか。
ラストの畳みかけるような展開も見事。それまで無敵を誇った豪傑達があっけなく死んでいく展開にはただただ涙。梁山泊の繁栄も、宋江の掲げた大義も、現実の前にはただ潰えるだけの理想でしかなかった。読後の無情感は演義より上だと思う。
私は何と言っても宋江と李逵の最後のやり取りが好き。毎回泣いてしまう。これぞ男の友情の極地。中国古典小説で一番感動的な場面はどれ?と聞かれたら迷わずここをプッシュします。

五位 今古奇観
明代の短編小説選。四大名著をはじめとした長編章回小説は長くてしんどい!という方は少なくないと思う。そんな方々におすすめ出来る作品。本作は、三言二拍と呼ばれる二百近い短編小説集から、さらに四十編を選んでまとめたもの。どのお話も健全で毒が無く、すんなり読むことが出来る。ジャンルも才子佳人もの・人情もの・偉人もの・公案もの・訓話ものと色々揃っており飽きさせない。庶民の話が多いので、当時の生活習俗を知るのにもうってつけ。伯牙、李白、唐寅など歴史上有名な人物が主役のお話もある。個人的にオススメするのは、お嬢様の転落劇「两县令竞义婚孤女」、貧しい油売り青年と売れっ子妓女の恋愛譚「卖油郎独占花魁」、スーパー才女・蘇小妹のラブコメ「苏小妹三难新郎」、いかにも中国的な婚礼トラブル話「金玉奴棒打薄情郎」あたり。別ブログで抜粋レビューも書いてあるので、もしよろしければどーぞ。
今古奇観レビュー

六位 儒林外史
清代の長編小説。科挙試験をめぐる様々な人々の群像劇。
清代小説の中では紅楼夢と並ぶ傑作小説。清代は小説隆盛期で、幾多の小説が出版された。しかし、エンタメ業界の常で、ブームが起きると似たようなジャンルの作品が大量生産され、必然的に質の低下を招く。一方で、そんな時期だからこそ洗練された傑作も生まれる。儒林外史は紛れもなくその一つ。物語的な面白さはもちろんのこと、科挙をめぐる中国社会へ次々に鋭いメスを入れていく。科挙は本当に公平なのか? 真の学問とは何か? 儒者とは? 時にコミカルに、時にシリアスに、手を変え品を変えつづられる物語は、当時一般的だった小説認識――小説は単なる暇つぶしの娯楽で、まともな文人が読むものではない——のレベルを遥かに超えている。
また、本作で新たに生み出された「一つの作品テーマに沿って様々な人物が入れ替わり登場する群像劇形式」は、後の小説でも多数模倣されるようになった。中国小説史を語るうえでも外せない名作である。

七位 閲微草堂筆記
清代の志怪小説集。作者・紀昀が身の回りで聞いた珍奇な物語を書き記したもの。志怪小説ジャンルの最高峰は?と聞かれたら間違いなく「聊斎志異」なんだけれども「聊斎志異」を読んだ後に本作を読むと、こちらがより文芸として洗練されてるのがわかる。「聊斎志異」が単に怪奇をつづってハイおしまい!なのに対し、本作は奇々怪々な物語を通じて、作者が社会風俗や人間の生態に疑問や主張を投げかけている。これがいちいち深くて唸らされる。単なる物語で終わっていない。霊的な現象や存在をレンズにして、人間というものを探求する作者の姿勢に大きな文芸的価値を感じる名作。出来れば、聊斎志異を一緒に読むことをおすすめする。
*聊斎志異…こちらも清代の志怪小説集。作者は蒲松齢。質・量ともに高い傑作。清代における志怪ブームの火つけ役で、多数の模倣作を生んだ。

八位 西遊記
明代の神魔小説。四大名著および四遊記の一つ。皆さんご存じ、三蔵とその弟子達の取経物語。少ない主要人物に加え、ストーリーも一本道なので、四大名著で最も読みやすい作品だと思う。三蔵達の活劇に隠れがちだが、当時の社会を風刺した描写や台詞も多く、単なるエンタメで終わっていないのもポイント。
特筆すべきはやはりスケールの大きさ。話は何百年にもまたがり、舞台は唐から遠い遠い天竺、降りかかる災難の数々に、十万八千里をはじめやたらと盛られる距離や年齢やステータスの数字。これぞ中国という感じがする。
さらに外せないのがバラエティ溢れる方術やアイテムの数々。発想の奇天烈さもさることながら、名前を読むだけで楽しくなってくる。三教(儒教・仏教・道教)同源のカオスな世界観も楽しい(最初読んだ時はなんてムチャクチャな設定なんだと思ったけど、後になってこれが当たり前なのだと知った)。神魔小説の神髄がほぼ詰め込まれているので、中華ファンタジー好きなら是非読破すべし。

九位 西廂記
才子佳人劇の元祖にして頂点。才気あふれる書生・張君瑞と、宰相のお嬢様・崔鶯鶯のラブロマンス。厳しい礼節でガチガチにかためられ、男女が面と向かって話すことも咎められた儒教社会。そんな時代の恋愛を描いた傑作戯曲である。本作を読めば、近代以前の中国における男女恋愛の実態がとってもよくわかる。
後の中国小説にも多大な影響を与えており、数々の模倣作を生んだほか、登場人物や場面が色んな物語に引用されている。
作中で特筆すべきキャラクターは、張君瑞でも崔鶯鶯でもなく、二人の恋愛を助けるキューピッド侍女・紅娘だと思う。低い身分に生まれた彼女は、主人達が重んずる男女の礼節もまるで気にしない。「会いたいなら会えばいいでしょ! 何くだらないことで悩んでるんですか!」「夜を一緒に過ごす? じゃあ布団を用意しておきますね!」と、ガンガン背中をプッシュ。しまいには、カップルの仲を裂こうとする鶯鶯の母へ堂々と啖呵を切ったりもする。主人のため東奔西走する姿が実に魅力的。
中国古典文学大系の戯曲集に翻訳が収録されている。

十位 三国志演義
もはや説明不要、後漢末から三国統一までを描く壮大な歴史絵巻。相次ぐ戦いの中、次々に生まれては倒れていく英雄達の姿が心を揺さぶる傑作小説。
現代日本に跋扈するあらゆる三国志ものの原点。その割に、ファンでも本作をきちんと読破している人は少ないのでは。
本作の優れた点は、史書や野史、民間講話も含めバラバラに書かれていた出来事を一つの物語に編み直し、かつ史実と可能な限り照らし合わせ(演義の史実考証は当時基準で見れば一級品である。ある程度中国通俗小説を読めばわかるが、大抵は史実追求の姿勢などゼロに等しい。だからこそ当時の小説が低俗だという評価にも繋がった)、さらに武将同士の一騎打ちや軍師たちの奇想天外な計略といった、物語を盛り上げる虚構要素を存分に組み込んだこと。特に虚実のバランスが素晴らしい。やり過ぎて荒唐無稽になる通俗小説が多い中、演義は素晴らしいレベルで虚実の均衡を保っている。
本作にとって不幸なのは、小説に漫画にゲームにアニメと、現代日本で模倣作が生み出され過ぎたことだと思う。多数の作品が存在するから、演義自体の欠点も浮き彫りになってしまう。戦闘シーンや人物描写の厚み、小説技法、史実考証、人物改変といった点で、後代の小説にどうしても負ける部分があるのは致し方ない。それをいちいちあげつらって、一部の心無いファンは「だから演義はダメだ」などと言ったりする。
それでも、あらゆる三国志小説の土台を作り上げた点で、演義の偉大さは揺るがない。四大名著の一角として是非読んで欲しい傑作。

…以上、中国古典小説紹介でした。順位はあくまで私の好みですので、上記の作品は全部おすすめです。他にも「金瓶梅」「三教五義」「孽海花」「海上花列伝」など名作は沢山あるのですが、長くなってしまうのでこのへんで。ご興味のある方は、拙作「中国古典小説便覧」をご覧ください。邦訳されている中国古典小説を大体網羅してまとめてあります。宣伝(笑)
中国古典小説便覧