大学で読んでほしい中国小説ランキング(近代編)

前回に引き続き、おすすめの中国小説ランキングです。
今回は文学革命以降の近代小説を紹介しています(勝手な区分で申し訳ないですが、ここでは文化大革命より前を近代扱いとしました)。
古典小説に比べると作家・作品が多様化していてとても悩んだのですが「中国の歴史や文化について深く学べる」「幅広く読んで欲しいので、同じ作家の作品はなるべく避ける」「現代の日本人がある程度とっつきやすい作品にする」あたりの要素を重視して選んでいます。
ちょっと手に入りにくい邦訳もありますが、大学図書館や研究室なら確実に置いてあると思います(私のいた大学には全部ありました)。

一位 四世同堂
老舎の長編小説にして代表作の一つ。日中戦争期、日本軍に占領された北平。老人からひ孫までが同居する四世同堂の祁家を中心に、人々の受難と抵抗を描く。
日中戦争を描いた中国小説の中でも屈指の傑作。徹底的に庶民視点で描かれているのが良いと思う。空爆のような直接的被害ではなく、商売の不振、言論や行動の弾圧、飢餓などで徐々に生活が脅かされていくのがリアル。人々はそうした状況にまったく無力で、ただ日々を精一杯生きることしか出来ない。こうした苦しみは、国を問わず共感出来るものなのでは。
作者が幼少時代を過ごしたこともあって、老北京の描写も素晴らしい。車引きや京劇役者、巡査など老舎小説お馴染みの人物が多数登場。個性豊かな祁家の三兄弟も魅力的。
中でも特筆すべきは奸漢一家の冠家。日本軍という強者に張りつき、妓館を立てたりスパイ活動をしたり、活き活きと悪事を働くさまが実に圧巻。本人達としては、ただ占領下でも人よりいい暮らしがしたい程度の感覚なのが凄い。中国人らしいしたたかさというか、漢奸もまた民衆の一つの姿、一つの生き方なのだと感じさせる(作中でも決して肯定されてはいないにせよ)。
また戦後間もない頃の作品にも関わらず、日本人の戦争被害者を登場させているのも凄い。日本人ではなく、戦争という行為こそが真の悪であることをしっかり描いている。
他国の戦争小説を読むことはそれだけで歴史理解に繋がるし、戦時下における中国庶民の姿を想像できない日本人は多いと思う。長い小説だけど、是非おすすめしたい。

二位 家
巴金の自伝的小説。由緒ある大家族・高家。その新世代の三兄弟と、古き悪習に満ちた家との静かな戦いを描く。
中国近代小説における代表的なテーマの一つ「悪しき儒教社会からの脱却や闘争」が描かれている。進歩的な教育を受けた高家の三兄弟は、厳しい長幼の序列、女性差別、無意味な呪術信仰といったものに散々苦しめられる。長男の覚新はそれに屈服、次男の覚民は妥協の道を探し、三男の覚慧は徹底的に反抗と、三者の異なる選択が見所。また、妾になることを強要され自害する侍女、家庭のしきたりに従順だったせいで死に至らしめられる若妻など、この時代につきものな女性の悲劇も沢山描かれている。
大家庭の没落というお話は紅楼夢を彷彿とさせるが、外部から押し寄せる圧力にまったく無力だった賈宝玉や林黛玉と異なり、それに抗おうとする人物がいることは、中国の近代社会における変化や救いを感じられる。
実は三部作で「春」「秋」の続編もあるのだけれど、邦訳が出ていないのは残念。ただ、ドラマや話劇でも「家」のみで完結させている例は多いので、これ一作だけでも十分楽しめる。一時期岩波文庫で絶版になり、古書店でも凄い値段で売られてたりしたが、最近復刊した。

三位 日出
曹禺の話劇。「雷雨」「原野」と合わせて彼の代表的な作品の一つ。資本主義社会の行き詰った現実を、資本家の娼婦である陳白露や孤児の小東西、下っ端銀行員としてこき使われる李石清など、様々な階層の人物を絡ませ、ホテルの一室を中心として描く。骨太なテーマ、わかりやすい物語構造、立ち位置の明確な登場人物達と、非常によくまとまった作品。1930年代以降増大していた、資本主義への不信や社会不安が見事に暴き出されている。日の出というタイトルに反して、物語は終始暗い。
曹禺は近代以降の中国における代表的な劇作家。嬉しいことに日本では彼の主要作品が全て翻訳されているし、たまに舞台上演も行われている。中国文学を学ぶなら絶対抑えておくべき作家の一人だと思う。

四位 傾城の恋
張愛玲の中編小説。戦時下を背景に繰り広げられる、旧家の出戻りお嬢様とイケメン華僑のラブロマンス。二人とも、どこか時代とずれた感性の持ち主で、そんな彼らの心情描写にはどんどん引き込まれる。最初は打算で始めた恋愛が、特殊な環境に揉まれていつしか真実の愛に変わっていく流れも見事。
張愛玲こそ近現代の中国女流作家で最も優れた存在だと思う。作品には、いつの時代のどんな場所でも通じる普遍的なテーマが内包されている。それでいて、伝統的な中国小説のテイストも強い(作者が愛読していた古典小説の影響だと思う)。中国の近代小説に初めてチャレンジするならまず一番におすすめしたい作家の一人。嬉しいことに、本作は光文社で最近文庫の新訳が出ているので、入手も容易。

五位 中国現代文学珠玉選 1~3巻
二玄社刊行の短編小説翻訳選。全三巻。このランキングは基本的に長編ばかりなので、短編から中国近代小説に触れてみたい方のためにご紹介。本作では中国近代の主要作家がほぼ網羅されている。もともと大学授業の副読本として作られているので、収録作品も講義でよく使われるような有名作品ばかり。もし中国文学を学ぶなら読んでおいて絶対に損は無い。
収録作でのオススメは、時代に置いて行かれた知識人の悲劇を語る魯迅の「孔乙己」、教育差別の実態が生々しく描かれた簫紅の「手」、自己陶酔が半端ない郁達夫の「蔦蘿行」、辺境独特の恋愛模様が面白い沈従文の「夫」、父と母と娘の歪んだ愛を描く「心経」、父と子の異なる視点で学校問題と貧富を語る張天翼の「包さん父子」あたり。

五位 憩園
巴金の中編小説。小説家の私は、友人の姚が住む屋敷へ逗留し、かつて屋敷の持ち主だった人物の過去を追うことになる。
作中では、楊夢痴という資産家の子息がキーパーソンとして登場する。本質的には善人なのだけれど、家計管理能力がゼロで、仕事もせず、そのくせ金遣いは荒いという、典型的な社会不適合者。手持ちの貯金を使い果たした彼は、先祖から受け継いだ屋敷を売り払い、とうとう妻や息子にも見放されてしまう。けれど、それらは全て彼自身の責任なのか。社会や周囲の人々も彼を救うべきだったのでは? 巴金のヒューマニズムが全開に発揮されている名作。楊夢痴の姿は、現代日本のニート問題や自己責任論にも通じるものがあると思う。

六位 阿Q正伝
魯迅の中編小説。無知な人民・阿Qが自らを破滅させていくまでを描く。当時のみならず現代に至るまで、中国人の根底に存在する精神的病理を風刺した作品。ねじ曲がった自尊心、権力への無意味な従属、現実から目を背ける阿Qは、中国人の負の面を凝縮した存在でもある。阿Qを取り巻く人々もまた同様で、ラストのおぞましい場面は魯迅自身の体験が反映されている。
日本での知名度も高い魯迅だが、彼の作品は全体的に難しい。どれも当時の中国社会と密接に関わっている内容なので、ある程度歴史知識を備えてから読むのが望ましいと思う。また魯迅の本領は小説よりも散文にある。日本は魯迅研究が盛んで、作品の邦訳も豊富に揃っているので、機会があれば是非そちらも読んで欲しい。

七位 駱駝祥子
貧しくも実直な働き者の車引き・祥子の苦難を描く老舎の代表作の一つ。頑張っても頑張っても豊かになるどころか、一層貧しい立場に追い込まれてしまう祥子。何故なら労働社会は、必ずしも真面目な人間が報われるように出来てはいない。祥子はそのことに気がつかず、愚直に働き続け、ついに精神を病んでしまう。まさにブラック企業に使い潰される人材そのもの。良くも悪くも真面目な働き者が多い日本人には、共感出来る部分が多々ある小説だと思う。虎妞と小福子、祥子をめぐる二人の女性の物語も印象深い。
四世同堂と同じく、老北京の人々や風俗、そして車引きの生態が細やかに描写されている。初めての老舎作品として大変おすすめ。

八位 倪煥之
葉紹鈞の中編小説。理想に燃える教師の倪煥之が、新式教育の推進をはかろうとするも、現実の壁にぶつかり挫折するまでを描く。
これは本当に面白い。当時の中国における教育業界の実態を、作者の実体験も含めて描いている。改革の黎明期だけに、どうして国と人々に教育が必要なのか、それがどんな役に立つのか、といったことが高らかに語られる。一方で、教育を金儲けに利用する者、教育の理念に理解を示さない親達(学校に行かせておけば、遊んでいる子供の世話をする手間が省ける程度にしか考えていない)など、様々な障害もきっちり描かれている。そのほか、倪煥之と同じ理想の持ち主だったヒロインが、結婚した途端凡庸な主婦に成り下がってしまう展開も面白い。
ちなみに中盤から作者が迷走し、小説とは呼べない主張の垂れ流しが始まり(翻訳者が匙を投げて省略するほど)、物語も半端な結末を迎えてしまうのがちょっと残念。

十位 子夜
茅盾の代表的長編小説。舞台は1930年代の上海。資本家、労働者、共産主義者、軍人、ブローカー、様々な階層の人々と、その周辺で起きる事件が絡み合い、資本主義の複雑な実態と限界を描く。
当時の中国社会をまるごと語ってみせた、贅沢な作品。大変面白い反面、とても読みにくい部類の小説だと思う。何せ膨大な数の登場人物が出てくるうえに、投資や革命、労働争議などあっちこっちに話が飛ぶ(茅盾小説につきものな特徴でもあるけれど…)。またちょうどこの時期の中国は混乱の極みで、物語の背景も色々ややこしい。作中でも丁寧に書かれてはいるが、やはりある程度の歴史知識はあった方がよい。
ちなみに作品テーマは上で紹介した「日出」と共通点も多い。そして日出の方が物語も人物もすっきりまとまっている。子夜が駄目だったらそちらを読めばいいと思う。

以上、中国近代小説オススメ作品紹介でした。
近代中国は激動続きの時代ですが、中国文壇もその影響を多分に受けています。1910年代の文学革命以降、それまで軽んじられていた小説は、人々を啓蒙する立派な文学としての役割を担うようになりました。そのため作品には革命や抗日など歴史・政治に関わるテーマが深く込められ、重たくてとっつきにくいイメージがあります。また政治による文壇への干渉も多く、日中戦争期や国共内戦時はプロパガンダじみた作品ばかりが書かれたり、作家の作品性が捻じ曲げられたりといったことも起きています。
そんな時代に書かれたからこそ、近代小説は中国を知るうえでまたとない学びになる作品も多いです。
また日本で邦訳されている作品は、いわゆる文芸路線が殆どで、大衆路線小説はあまりありません(大衆路線小説は、読み物として人気を博していたものの、文壇からは軽視されがちでした。代表的な作家達は鴛鴦蝴蝶派と呼ばれています)。中には張恨水のように、何度も原作がドラマや映画になっている人気作家もいるので、もっと日本でも知られるようになってくれればなぁ、と思う次第。
ちなみに、古典小説便覧との姉妹作「中国近代小説便覧」もありますのでよろしければどうぞ。作家紹介、簡単な文学史、訳本一覧などが載せてあります。
中国近代小説便覧

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