源氏物語と紅楼夢 主人公比較

源氏物語と紅楼夢。なにかと比較される日中の古典名著。今回は両作品における主人公、光源氏と賈宝玉について、簡単に比較しつつ語ってみようと思う。どちらも共通点が結構あるようで、その実大きな違いがあったりするのが興味深い。

・人物像
源氏も宝玉も高貴な生まれで、容姿端麗・才気に溢れる点は共通している。しかし周囲の評判は真逆。源氏が誰からも憧れられるスーパースターなのに対し、宝玉は内外問わず変人呼ばわりされている。
性格は共にヘタレ。擁護出来ないレベルでヘタレ。

・異なるベクトルのメインヒロインが二人、それとは別にあこがれの女性がいる。
源氏には紫の上と明石の君。あこがれの人は藤壷。
宝玉には林黛玉と薛宝釵。あこがれの人は秦可卿(明言されていないが、宝玉にとって特別な女性であることは確か。太虚幻境の夢で初めて情交した女性が可卿。その容貌は黛玉と宝釵を兼ね備えている。この夢を見たのが現実の秦可卿の部屋。さらに彼女が死んだ時、宝玉はそれを感じ取って吐血するなど特別な繋がりがある)。
ただし、二人の女性観・恋愛観には大分差がある。後述にて。

才能
源氏も宝玉も才能に恵まれている。源氏は文武両道、芸術にも優れている。宝玉も子供ながら資質は優れており、周囲の人々からもそれは高く評価されている。
源氏は自分の才能を、恋愛、政治、あらゆることにかけてフル活用する。才能は彼にとって成功の道具である。
一方の宝玉。素質に恵まれていても、当時の社会で出世の王道だった科挙試験の勉強に全く精を出さない。本を読んで得た知識も、侍女に風変わりな名前をつけたり、独自の哲学(男は泥で出来た汚い存在、女は水で出来た清い存在)を語る典拠にしたり、といったところで使うばかり。

恋愛
光源氏の恋愛は、一部の例外を除き肉体的な関係によって作られる。そして源氏は女性に対して常に支配的である。住居から行動、精神まで、何もかも自分の思惑の中に置きたがり、女性に自由を与えない(義理の母である藤壺と関係を持つ、明石の君を娘と引き離す、紫の上の出家に反対する)。相手に深い愛情はあっても、自身の政治家としての立場から、時として非情ともいえる仕打ちをくだしたりする。そのため、様々な手を尽くして最愛の人・紫の上を得たにも関わらず、自分の手で彼女を苦しめることになってしまう。
宝玉の恋愛は一部を除いてプラトニックである。肉体交渉よりも、詩歌や音楽などを通じた精神的な交流を求める。当時の儒教社会の性格上、結婚した女性が金や家庭内の地位などにばかり固執し少女時代の自由な精神を失うことに強く反対している。宝玉の想い人は黛玉だけだが、彼女を自分のものにしようという束縛意識は無いし、決定権も持っていなかった(当時の結婚は親が決める)。そのため、結婚については受け身にならざるを得ず、心は通じ合っても最終的に一緒になることは叶わなかった。

最盛期
源氏の六条院、宝玉の大観園は共にこの世の楽園である。ただし、源氏が自らの力で楽園を築いたのに対し、宝玉の大観園は、賈家の力によって作られたものである。宝玉本人はその設立にまるで関与していない。

末路
源氏の楽園は、自身の犯した過ち(女三宮との結婚と、その後の不義密通)によって崩壊する。
宝玉の楽園だった大観園は、外部的な圧力のために崩壊する。彼自身はその圧力に対して、何一つ抵抗出来ないまま終わる。
最後に現世を見限って出家する点は共通している。

大体、こんな感じでしょうか。深く掘り下げればもっと出てくるとは思いますが。自らの手で楽園を作り、愛する人を手に入れるも、また自らの手で全てを壊してしまう光源氏。
外部から得た束の間の栄華に浸かり、何一つ抵抗出来ないままそれを外部の力によって奪われ、想い人も一緒に失ってしまう賈宝玉。二人の違いは、そのまま物語のテーマの違いにも直結しているように思います。ただ、源氏物語のテーマに関しては多数の説が入り乱れているので、今回は述べないことにします(私自身、源氏物語の研究本には全然手を出してないので)。

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