空の大怪獣ラドン スターの栄光と没落 前編

ゴジラ、モスラ、キングギドラ……。日本人なら、誰もが知っているであろう東宝特撮怪獣のスター達。彼らはスクリーンの向こうから、我々に何度も素晴らしい夢を見せてくれた。
 しかし、そんなスター怪獣達の世界にも、当然闇の部分は存在する。
 今回は、ゴジラ達と同じく東宝特撮のスター怪獣として生まれながら、数々の挫折と苦難を味わった悲劇の怪獣について語っていきたいと思う。

 その名は、空の大怪獣ラドン。
 

 
 某月某日。我々取材スタッフは、阿蘇山河口にあるラドン氏の邸宅を訪れた。最新作「キング・オブ・モンスターズ」の宣伝活動もあり多忙の日々を送っていたラドン氏だが、我々を暖かく迎えてくれた。
ラドン氏「お待ちしていました。この日を楽しみにしていたんですよ。話したいことが沢山あったんです」
 ラドン氏の鋭い嘴から語られる物語に、我々は東宝特撮界の光と闇を見ることになる…。
 

  
 
  
 
 

1、スター誕生 空の大怪獣ラドン

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 一九五四年の「ゴジラ」成功を皮切りに、東宝は新作の怪獣映画を次々と制作した。一九五六年に公開された「空の大怪獣ラドン」は、ゴジラに続く単独タイトルだった。怪獣映画としては初のカラー作品でもある。

 我々が放映当時のポスターを差し出すと、ラドン氏はつまみのメガヌロンをついばみながら、懐かしそうに微笑んだ。

ラドン氏「いやあ、照れますね。でも、思えばこの時が僕のピークだったな……」

 空の大怪獣ラドンは、その優れた特撮と重厚なストーリーで大ヒット。ラドン氏はスター怪獣としての仲間入りを果たした。しかし、その後は出演作に恵まれないまま、しばし冬の時代を過ごすことになる。

 
 
 

2、夢の共演 三大怪獣 地球最大の決戦

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 初主演作での成功後、ラドン氏の出番はしばらく無かったが、1960年代に入って、怪獣対決ものの映画が続々制作されるようになった。「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」などである。しかし、当時は怪獣俳優が限られていたため、はやくもシリーズ存続が危ぶまれた。それに、怪獣王としてのキャラが確立していたゴジラ氏を、毎回悪役として倒すのもストーリー上無理がある。

 東宝は、ゴジラ氏と戦う敵役として、新たなスターを発掘した。それが金星出身のキングギドラ氏である。三つの首に巨大な翼、黄金に輝くボディと、生まれながらにしてスターの風格を備えた怪獣だった。しかし、怪獣王をも上回る強さを、作中で演出するのは容易ではない。敵役である以上最後は負けなければならないが、かといって簡単に倒させるわけにもいかなかった。

 そこで提案されたのが、スター怪獣の共演であった。地球怪獣三体をギドラ一体へぶつけるのだ。これならギドラの強さを簡単に表現できるうえ、スター怪獣揃い踏みというイベントで客の呼び込みも期待できる。

 かくして、ラドン氏にも声がかかった。それが「三大怪獣 地球最大の決戦」である。

 ラドン氏「最初はびっくりしましたよ。なんといってもあのゴジラさんと共演ですからね。しかも俺とゴジラさんは作中で同格の扱いだったんです。ただね……」

 ラドン氏の表情が曇る。確かに、本作は成功した。有名怪獣が夢の共演を果たし、キングギドラという新しいスターも生まれたのだ。しかし、本作で一番うまく立ち回ったのは、ゴジラ氏でもラドン氏でもなければ、新人のギドラでもなかった。

 それは、モスラ氏であったという。

 モスラ氏は、ゴジラ氏、ラドン氏に続く三番目の東宝スター怪獣である。初主演作「モスラ」は、海外進出や女性ファンの獲得をはかるなど野心的な作品だった。そして、モスラ氏自身も相当な野心家であった。怪獣対決もののブームが来るや、モスラ氏はいち早く自分を売り込み、ラドン氏に先んじてゴジラ氏との共演を果たした。これがかの「モスラ対ゴジラ」である。当初、怪獣対決ものにおいてゴジラ氏は常に悪役のポジションであった。物語の中で、悪は倒されなければならない。正義と平和の怪獣というキャラ付けをされていたモスラ氏が、ゴジラ氏を倒す流れになったのも、物語としては自然なことだろう。しかし、ラドン氏は苦々しげにこう語る。

ラドン氏「あいつは、ゴジラさんに勝ってから明らかに増長してました。自分こそが東宝の看板怪獣だとね。地球最大の決戦でも、一番目立ちたがってました。作中、僕とゴジラさんは気ままに暴れる悪ガキみたいで、モスラがそのまとめ役、三大怪獣の指揮官みたいな描写をされてたんです」

 他にも、現場ではモスラ氏の我が儘にスタッフが振り回されたという。

ラドン氏「キングギドラにモスラが糸を吹きかけるシーンがあるんですけど、当初の脚本では、僕が両足でモスラを掴んで、空中から攻撃することになってたんです。でも、撮影する段になってモスラが喚きました。「鳥の足に捕まれて飛ぶなんて冗談じゃない。まるで僕が餌に見えるじゃないか。ラドンの背に乗せてくれるのでなきゃイヤだ」とね。僕は困りましたよ。背中にモスラを乗せつつ、ギドラに糸をかけられるよう一定の高度を保つのは、とても難しいことだったんです。でもあいつは聞く耳を持ちません。仕方なく、言うとおりにやりました。翌年、ゴジラさんと「怪獣大戦争」を撮った時も似たようなシチュエーションになったんですけど、やっぱりゴジラさんは大物ですね。「モスラみたいに背中にかかえて飛ぶのは大変だろ、両足で掴んで飛べよ」って言ってくれましたから」

 ゴジラ氏もモスラ氏の振る舞いを快く思っていなかったが、あまり強く反対は出来なかったらしい。というのも、前作「モスラ対ゴジラ」の撮影中に、ゴジラ氏がうっかり放射熱戦の加減を間違え、親モスラ氏に重傷を負わせる事件があったのだ。その負い目もあって、ゴジラ氏は何かとモスラ氏に譲っていたそうだ。しかし、そうした因縁を持たないラドン氏は、モスラ氏としょっちゅう現場で喧嘩を繰り返したという。

ラドン氏「僕の方がデビューは先だったけど、先輩風を吹かせるつもりは無かったから、対等に接してました。ところが、モスラはそれが我慢ならなかったみたいで。僕はゴジラを倒したスターなんだぞって、いつも突っかかってきました。僕も腹が立ってやり返しましたよ。お前みたいなチョココロネは眼中にねえよって」

 

   
3、栄光の影 怪獣大戦争と南海の大決闘

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 「地球最大の決戦」が終了すると、すぐに続編のオファーがきた。「怪獣大戦争」だ。ラドン氏は快諾した。しかし、そこにモスラ氏の姿はなかった。

ラドン氏「あいつにもオファーが出てたんですが、宇宙人に連れ去られるというシチュエーションが気に入らなかったんですよ。僕はインファントの守護者だぞ! 宇宙人に利用されるなんてとんでもない! とね」

 しかし、ただ大人しく引っ込んでいるだけのモスラ氏ではなかった。自身のスポンサーである株式会社インファント興行の影響力を利用し、東宝に一つの作品企画を通したのだ。それが「南海の大決闘」であった。

「あれはモスラの自己満足映画ですよ」とラドン氏は冷ややかに述べる。「宇宙怪獣すら倒したゴジラさんを、エビと戦わせるなんて発想自体がナンセンスです。ゴジラさんを主役に立てたように見せて、実は笑い物にしたかったんです。自分自身は撮影中殆ど寝てばっかりだし、最後の最後に出てきていいとこどり。まったく酷いもんです。そうそう、僕へのあてつけなのか知りませんが、大コンドルなんてデカいだけのトリを出して、ゴジラさんに倒させてました。実に陰険な奴ですよ、あいつは」

 ゴジラシリーズは東宝の看板作品として、毎年新作が作られた。が、どんなブームにも終焉はやってくる。年を追うごとに、怪獣映画の人気にもかげりが生まれていた。やがて、東宝怪獣達はその事実と向き合わざるを得なくなった。

 
 
 
 
4、ブームの終焉 怪獣総進撃

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 一九六八年、東宝は総決算的な怪獣映画を製作する。総勢十一体もの怪獣が出演する「怪獣総進撃」だ。ゴジラ・ラドン・モスラ・キングギドラはもちろん、過去出演のアンギラスやクモンガ、さらにバランやマンダといったゲスト怪獣もキャストに加わった。

 制作陣の努力は実り、本作は成功。ゴジラシリーズはその後も続くことになった。しかし、それでも人気の衰えを覆すには至らず、大幅な予算縮小を強いられた。ラドン氏は再びシリーズへ出演できる日を待っていた。だが、その日はついに来なかった。

ラドン氏「当時の僕は若くて、スター気取りでしたから。怪獣映画産業が終焉に向かっていることは薄々感じても、認めようとしなかった。「ゴジラ対ガイガン」が企画された時、ゴジラさんの相方として僕が呼ばれたんですけど、ギャラが以前の半分だったんです。腹を立てて、マネージャーにソニックブームを浴びせましたよ。俺はスターなんだぞ、こんな端金で働けるかってね。今にして思えば恥ずかしいことです。当時はゴジラさんも同じようにギャラを減らされてた。でも、怪獣映画界の看板スターとして、文句一つ言わず黙々と働いてたんです。あの姿を、僕も見習うべきでしたね」

 その後、かつてゴジラの相棒役として活躍したラドン氏の姿を、ファンがスクリーンで目にすることは無くなってしまった。彼のポジションは、別の怪獣に奪われたのだ。

 その名は、アンギラス。

 我々は、当時の事情に詳しい怪獣を訪ねた。地底怪獣バラゴン氏だ。氏は東宝映画「フランケンシュタイン対地底怪獣」でデビューした後、テレビ特撮ドラマ界に転身した経歴の持ち主である。

 我々が対面した時、バラゴン氏の姿は酷くやつれていた。顔や背中にはつぎはぎの痕があり、激しいアクションの傷も残っている。聞けば、殆どはテレビ特撮に出演した時のものだという。

バラゴン氏「当時「ウルトラQ」や「ウルトラマン」に出ていたんですが、とにかく怪獣不足でね。毎回違う怪獣に変装して出演したんです。これが大変でした。パゴスをやったら次はネロンガ、それからマグマだの、角をつけられたり甲羅を被らされたりね……しかも一回きりのやられ役でしょ。どうせ倒されるなら、せめて一度は素顔で出たいと思って、バラゴンとして出させてくれって訴えたこともありました。そしたら、返ってきたのは「次はガボラをやれ」の一言だけ。前が見えない襟巻きなんかを被せられてね。まあ、お金は稼げましたけど……」

 テレビ特撮の黎明期における人材不足は、まことに深刻なものだったようだ(余談だが、ウルトラマンではかのゴジラ氏までも名前と姿を隠して出演したと言われている。もっとも、真相は定かではない)。

 バラゴン氏の経歴もそこそこに、我々は当時のアンギラス氏について語って貰った。

バラゴン氏「アンギラスは、「ゴジラの逆襲」が終わってから、ずっと冷や飯を食ってきたんです。だから「怪獣総進撃」に出た時は、本当に喜んでました。その後、ゴジラ作品は予算が縮小されて、大勢の怪獣を出演させるのが難しくなりました。でも、観客は一匹でも多く怪獣が出ていれば喜びますから。そこで、アンギラスは自分を熱心に売り込んだんです。「俺ならラドンやモスラと違って、安いギャラでも働けます。どんな扱いにも耐えられます。是非使ってください」ってね。その熱意に負けて、東宝は彼を起用しました」

 アンギラス氏の努力は実った。彼はゴジラ氏の新たな相棒として「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」をはじめとする続作に出演を果たすのである。現場でも非常に熱心で「ゴジラ対メカゴジラ」のアクションシーンでは本当に顎を裂かれるという熱演ぶりだった。「メカゴジラの逆襲」でゴジラシリーズは一度終焉を迎えるが、そこに至るまでのアンギラス氏の貢献はまことに大きかったといえるのではないか。

 さて、話をラドン氏に戻そう。アンギラス氏の登場により、ラドン氏はとうとう怪獣映画界での立場を失った。その後、どのように生活していたのか。

ラドン氏「何もしなくても、どうにか暮らせるだけのお金は入ってきたんです。東宝は、東宝チャンピオンまつりと称して過去作品のリバイバル上映を行ってました。ほら、当時はビデオテープも動画も無い時代ですから。再上映の時も、出演した怪獣にはギャラが払われていたんです。当然、本上映の時よりは安いですけどね」

 ところが、そこにはモスラ氏と、彼のスポンサーである株式会社インファント興行の謀略が潜んでいたのだ。ラドン氏は、我々に証拠となる二枚のポスターを見せてくれた。
ラドン「わかります? 地球最大の決戦と怪獣大戦争が再上映された時のタイトルなんですけど」

 そこには「ゴジラ モスラ キングギドラ 三大怪獣地球最大の決戦」とあった。もう一枚には「怪獣大戦争 キングギドラ対ゴジラ」。そう、どちらもラドン氏が出演した作品であるにも関わらず、氏の名前が入っていない。これはどういうことなのか。

ラドン氏「東宝チャンピオンまつりのスポンサーには、モスラのバックアップだった株式会社インファント興行が関わってたんです。僕がその場にいないのをいいことに、再上映ではタイトルを変えたんですよ。画面やポスターではちゃんと写ってるのにね。まあ、一種の嫌がらせです。後で聞いた話だと、ゴジラさんやギドラに比べて、僕のギャラだけ安くされていたんです。腹の立つ話ですよ」

 瞳には悔しげな涙が浮かぶ。スターとして生まれたラドン氏は、七十年代を不遇のまま過ごさねばならなかった。テレビ特撮ではまだまだ怪獣が活躍していたものの、多くはスターになれぬまま終わった。

 やがて一九八四年。ゴジラシリーズが復活を遂げる。しかし、そこにラドン氏はいなかった。

後半へ続く