全相三国志平話

全相三国志平話 [ 立間祥介 ]

価格:2640円
(2026/7/8 21:29時点)
感想(0件)

三国志演義の前段階として知られる講史小説。全相というのは全ページイラストつきの意味。今回読んだ潮出版社の翻訳は、その原書を再現してページ上部にイラストが配置されている凝った仕様。

演義と比較すると、物語のボリュームも描写の厚みもかなり少なく、加えてこの時代の刊行物あるあるな誤字・欠字、話として洗練されてない唐突な展開なども見られ、およそ現代人向けの読み物ではない。三国志ファンが演義の発展段階の一つとしてその違いを楽しんだりするための本だと思う。とにかくこの本を読むと、三国志演義がいかに素晴らしいブラッシュアップを遂げた作品かがよくわかる。その演義ですら、現代人のエンタメ感覚に照らすと描写的にあっさりしていたり、史実厨から「演義の被害者云々」ギャーギャー言われたりしてるわけだが…。
また、この三国志平話は単純な読み物というより、講釈師の種本・脚本的な側面もあった。本書の刊行と重なる宋・元代の一般大衆は、基本的に字の読み書きも出来ず、もっぱら講釈師の語りを通して物語を享受していた。平話の至極あっさりした筋書きも裏を返せば話を盛る余地が沢山あるわけで、腕のある講釈師はここから物語を広げて聴衆に伝えていたと思われる。そういうわけで、そもそも完成した小説作品として読もうとすると普通につまらなく感じてしまうのはやむ無しともいえる。
当時は「新編五代史平話」「秦併六国平話」など同様の作品が存在し、これまた明以降の通俗長編小説へと進化していく。水滸伝の元ネタとされる「大宋宣和遺事」などもこの平話と似た立ち位置といえるだろう。
色々書きたいことがあるのだけど、うまくまとめられないので以下箇条書き。

物語について
・平話は冥途の訴訟で、漢の功臣である韓信・彭越・英布が劉備・曹操・孫権に転生するところから始まる。曹操が死ななかったのは天子の系譜だから云々と運命や因縁を説明するくだりがあったり、諸葛亮が呪術を用いたりファンタジーな脚色が目立つ。とはいえ、後の明清代の歴史系小説でもこうした展開や描写はかなり多く(例えば水滸伝や楊家将なんかはまさに神やら転生やらが出てきて平話に近い)、むしろファンタジー色を軒並み取っ払った演義の方が異色だったりする。そしてそれこそが、当時の大半の小説が低俗と批判される中、演義だけが文人層に評価されていた理由でもある。
・平話は漢王朝の血縁設定になった劉淵が晋を打倒する場面で終わる。無理やり漢王朝の勝利に持って行った感じ。こんなんでも当時の聴衆は納得したのだろうか。当然ながら、演義の無常で味のあるラストには遠く及ばない。
・現代人からすると演義でも呉の扱いがうんちゃら言われるが、平話もやはり呉の存在感が薄い。
・平話はボリュームこそ少ないが、演義にも見られた主要な戦いや名場面は概ね描かれている。はっきり無かったのは曹操の個別エピソード(董卓暗殺、複数の朝廷反乱)、魏と呉の戦い、二世代目の主要な戦い(諸葛亮の志を継いだ姜維らの奮闘や、司馬一族の簒奪、鄧艾・鍾会の両雄の闘争など)。平話は実質的に諸葛亮の死で終了し、前述した劉淵のエピローグに繋げられる。なお、魏は五丈原の戦いの後長らく蜀に侵攻しなくなるが、その理由は司馬懿が突然夢の中で現れた神に蜀を滅ぼすなと一喝されたから笑

キャラについて
・劉備はやはり地味だが、物凄いオーラのある姿をしているようで、会う人を一瞬で平伏させている。学問嫌いでやんちゃ気味な設定。演義劉備は兄として義弟達のイニシアチブをとっていたが、平話では殆ど張飛の言いなりになっている。諸葛亮が加わってからは演義同様諸葛亮の言いなりでやはり目立たない。
・関羽の影がかなり薄い。冒頭の張飛との出会いも、酒をおごろうとしたら金が無かったという情けない姿から始まる。強さも張飛の陰に隠れがち。一応、顔良と文醜はしっかり討ち取っている。本作を読むと演義関羽の盛られぶりがよくわかる。演義関羽の真骨頂はやはり曹操との数々の因縁を経た赤壁の名場面だが、平話はそのあたりも希薄で、赤壁では曹操が霧に紛れて関羽の軍を強行突破するという何の変哲もないお話に。最期もごくあっさり。麦城までの逃亡劇などもなく荊州で戦死したことが仄めかされるだけ。
・張飛が味方側で最強かつもっとも個性のあるキャラ付けがされている。過激さは演義の二割増しで「水滸伝」の李逵っぽさが漂う。もともと古い民間講談では張飛が一番人気のキャラであり、平話の描写も当時を反映したものだろう。序盤の戦闘はほぼ張飛一色、その後も劉備を差し置いて曹操と援軍の交渉をしたり、長坂ではハイパーボイスで橋を破壊したり笑、西川や定軍山では味方側の大将として大活躍。呂布とは初戦こそ演義と同じく関羽・劉備と組んで打ち負かすが、直後の二度目の戦いでは単独で圧倒している。けれども後半は張飛以上の強キャラもちょくちょく出てきてその強さも霞みがち。死因も演義と少し違っている。
・諸葛亮は中盤以降の主役として活躍。呉を戦いに巻き込むため、曹操の送ってきた使者を斬り捨てるなど演義にはない暴力的な一面を見せる。南蛮討伐で孟獲を捕らえては解き放つのは演義と同じだが、その度に身代金を払わせ「我々の懐事情は寂しいからな」などと妙に庶民じみたセリフも。北伐中は本国と前線を忙しく行き来して、演義では最後まで放置していた宦官の黄皓を自ら処刑している。総じて演義の超然とした諸葛亮よりもやや俗っぽい感じ。
・趙雲は平話でも演義と同じく長坂で活躍。また、平話の劉備は関羽が曹操側に降伏した時義兄弟の誓いを裏切ったと思い込んだが、新夜で配下に「趙雲が裏切りました」と注進された際は「趙雲は袁紹のもとで出会って以来三年ずっとわしに従ってきたのだから裏切るはずがない」と真っ向から否定しており、強い絆を感じさせるくだりも。
・黄忠は演義以上の強キャラとして登場。曰く「張飛・魏延では相手にならんから関羽を出せ」だが、関羽でも単独では勝てなかったので、関羽>張飛なのかは微妙。その後は張飛・関羽・魏延の三人がかりでようやく黄忠を倒している。定軍山戦でも夏侯淵を討ち取る大活躍。
・曹操は単純な悪役でキャラ付けも薄い。前述した通り、曹操自身のエピソードも少ない。関羽同様、演義で思い切りブラッシュアップされているのがわかる。また曹操陣営は内政や軍師を担当していた人物の出番が減らされており、赤壁戦を前にして「我が軍には軍師がいない」と嘆く場面も。
・貂蝉はもとから呂布の妻である設定で、生き別れたところを董卓のもとで再会した流れになっている。
・周瑜は赤壁戦で演義以上に活躍。というか史書寄りの活躍といった方が正しいか。演義で有名な十万本の矢のくだりは平話だと周瑜の策になっている。また諸葛亮との因縁も薄い。なお平話での周瑜の死因は、天子の威光をまとう劉備の尊顔を見てびっくりしたから。
・演義で謎の強キャラだった紀霊が、平話でも名将として登場。演義の半端な活躍は平話の名残だろうか。
・劉備の西川攻略で、演義にはいない張益という武将が登場。史実は無く創作人物の模様。趙雲・張飛でも倒せない強さを誇り、その後劉備側に寝返り功を立て、元帥の地位を授かる。で、そのままフェードアウト。演義には張益を引き継いだと思しきキャラも見当たらない。
・演義とは死のタイミングが異なるキャラ多数。関平や周倉は関羽死後も生き延びており、諸葛亮の南蛮攻略や北伐でもその名を見せている。そのぶん、関興ら張苞などの二世代目武将が平話では出てこない。夏侯惇は老将として曹芳の代まで顕在。武将キャラなら他にもいっぱいいたと思うが…。

感想としては、とにかく三国志演義の凄さや良さを再発見出来る本。ファンなら一度は目を通しておくと良いだろう。