モロッコ王子

徐則臣の短編小説。小説月報百花賞受賞作品。
違法バイトで日銭を稼ぐ青年グループ、流れの歌手、誘拐されて乞食を強要される少女。彼らの逆境に抗う姿を描く。
ひつじ書房より定期的に刊行されている「中国現代文学」の25号に収録。

京漂もしくは北漂と呼ばれる人達がいる。多くは若者で、都市での成功を求めて外から流れてくる。しかし都市戸籍もツテも無いので暮らしは厳しく、似たような境遇の仲間同士で寄り集まっては小さな部屋を借り、夢を追いながら日雇いバイトなどで稼ぐ。中には地方出身とはいえ、立派な学歴を持っている者もいる。しかし底辺から浮かび上がるのはやはり難しく、非合法な商売に走ったり難民化したりと、現代中国の若者問題として取り上げられる。もっとも、このワードが流行ったのは2000年代後半くらいなので、今は少し古く感じられるかもしれない。

本作はそんな北漂達のお話。主人公の「俺」をはじめとするグループは、地下鉄の駅をうろついて偽装証明書の広告バイトをやっている(作中描写からだとちょっと推測なのだが、偽装証明が欲しそうな人に声をかける仕事と思われる。もちろん不法なので警察には目をつけられる)。そんな彼らが出会ったのが、流しの歌手である王楓と、電車で乞食をしてまわる少女の小花。同病相憐れむ…ではないけれど、小さなきっかけから彼らは自然と繋がり、支えあうようになっていく。明日さえ確かではない若者たちが、ささやかな楽しみと友情で逆境を乗り越えようとする姿に「男はつらいよ」を彷彿とさせる昭和チックな暖かい人間ドラマを感じて、うるっとさせられる。現代日本ではこんな人情ものを書いても、ファンタジー扱いになってしまう気がする。
そしてこのままいい雰囲気で終わるのかと思いきや、最後に突き放すような悲劇が降ってきてこれまた「おぉ…」と息をのまされる。こういうドライさが実に中国小説らしいところ。
また、少女小花を通して人身売買の恐ろしさと解決の難しさも描かれている。こちらも小説とはいえ闇が深すぎて言葉が出てこない。

現代中国の一面を描いた名作なので、気になる方は是非読むべし。作者の徐則臣も農村出身で北漂経験があり、本作と似たようなテーマの作品をいろいろ書いている。
ちなみに都市へ流入して貧困に陥る若者に関しては蟻族なんて呼び方もあったけれど、京漂とはまた別なんだろうか。詳しい方いらっしゃいましたらご教示ください。