「紅楼夢」が中国古典小説の最高峰とされる理由は数限りないが、その一つとして従来の小説・戯曲の「テンプレ」「ご都合主義」を打破した点があげられる。
作者の曹雪芹は作中のシチュもしくは登場人物の言葉を通していくつもの文芸評を行っており、彼が当時の通俗小説や戯曲に関してかなり造詣が深かったこと、同時に物語につきものなお約束展開や都合のいい設定に不満を抱いていたことがわかる。
こんな話題は既にどこかの紅学研究者がとっくに語り尽くしているとは思うんだけど、日本のネットにはライトなものが転がっていないので持論を交えつつ書いておく(ついでに言うと、執筆中の金陵十二釵考察のトリである「林黛玉」にこの話題をいれたかったんだけどただでさえ長くなってる内容が余計に長くなってしまうので、参考記事として別にしたかったという次第)。
紅楼夢における文芸評は、早くも第一回から始まっている。
紅楼夢の物語を記した「石」君と、それを見つけた空空道人の語り。少し長すぎるので読み流しても大丈夫です。
空空道人遂向石头说道:“石兄,你这一段故事,据你自己说有些趣味,故编写在此,意欲问世传奇。据我看来,第一件,无朝代年纪可考,第二件,并无大贤大忠理朝廷治风俗的善政,其中只不过几个异样女子,或情或痴,或小才微善,亦无班姑,蔡女之德能。我纵抄去,恐世人不爱看呢。
”石头笑答道:“我师何太痴耶!若云无朝代可考,今我师竟假借汉唐等年纪添缀,又有何难? 但我想,历来野史,皆蹈一辙,莫如我这不借此套者,反倒新奇别致,不过只取其事体情理罢了,又何必拘拘于朝代年纪哉! 再者,市井俗人喜看理治之书者甚少,爱适趣闲文者特多。
历来野史,或讪谤君相,或贬人妻女,奸淫凶恶,不可胜数。更有一种风月笔墨,其淫秽污臭,屠毒笔墨,坏人子弟,又不可胜数。至若佳人才子等书,则又千部共出一套,且其中终不能不涉于淫滥,以致满纸潘安、子建、西子、文君,不过作者要写出自己的那两首情诗艳赋来,故假拟出男女二人名姓,又必旁出一小人其间拨乱,亦如剧中之小丑然。且鬟婢开口即者也之乎,非文即理。
故逐一看去,悉皆自相矛盾,大不近情理之话,竟不如我半世亲睹亲闻的这几个女子,虽不敢说强似前代书中所有之人,但事迹原委,亦可以消愁破闷,也有几首歪诗熟话,可以喷饭供酒。至若离合悲欢,兴衰际遇,则又追踪蹑迹,不敢稍加穿凿,徒为供人之目而反失其真传者。
中略
再者,亦令世人换新眼目,不比那些胡牵乱扯,忽离忽遇,满纸才人淑女,子建文君红娘小玉等通共熟套之旧稿。我师意为何如?”空空道人、そこで岩に向かって
「岩君、きみのこの物語じゃが、ご当人の口ぶりでみると、捨てがたいところもあるゆえ、ここに書きつづっておいた、いずれ世間に奇談として披露したいと、こういうわけじゃな。ところで拙僧の考えでは、第一に年代の調べようがないし、第二に大賢人・大忠臣が朝廷で政治をとり、風俗を正すといった善政の話がとんと見当たらぬ。ありようは、いくたりかの風変わりな女子たちが、それもやれ情に厚かったとか瘦じゃったとか、やれこざかしかった、行い澄ましておっただのというだけの話、班固・蔡女のごとき才徳をそなえた女性も登場せぬようじゃ。拙僧が写していってみたところで、世間の連中が愛読してくれよう見込みはまず……」
岩が笑って答えますには、
「これはお坊さまともあろうおかたが、なんとたわけたことを仰せで! 年代の調べようがないということであれば、これからつまりお坊さまが漢なり唐なりの年代を借りて来てくっつけられたらよろしいので、なんの難しいことがござりましょうか? ただ、てまえ思いまするに、これまでの小説体の史書は、その点どれをとっても似たり寄ったりで、二の舞を踏まなかったこちらの方が、いっそ変わりばえもして、気が利いておりましょう。要はその内容の道理にかなったところを見てくださればよろしいので、なにも年代年号などに拘られることはござりますまい。それに世間の俗人で、すき好んで政治向きの固くるしい書物など読もうというのはごくごくまれ、気晴らし用の肩のこらない読み物がいいというのが、ことのほか多いものでござります。
まずこれまでの小説体の史書と申せば、君主や宰相をけなしてみたり、他人の細君や娘にけちをつけてみたり、その淫らがましくあくどいふしぶしは一々あげきれませぬ。そのほか恋愛物というのがあって、淫らで鼻もちならぬ毒筆をふるい、良家の子弟をわるくしているのが、また数えきれぬほど。才子佳人を扱ったのとなると、これがまた千篇一律ときていて、おまけに内容もとかくきわどいことに触れないわけにゆかず、どの頁を開けても、藩安・子建だの西子・文君だのがのさばることに相成ります。要するに作者が手前味噌の恋愛詩を二、三首作中にとりこみたいばかりに、男女二人の姓名をひねりだすようなもの。そこへもってきて、お決まりの小人物をワキ役に登場させて二人の仲をかき乱せる。これも芝居の道化役そのままで、おまけに女中ふぜいが口を開けば『なり、けり、かも』口調――美文調でなければ議論調でしゃべるというのですからおそれいります。
というわけで、順をおって見てまいると、どれもこれもたがいに矛盾している上に、あまりに筋道のとおらぬ話ばかり。それにくらべれば、てまえ半生の間にこの眼この耳で見聞きした、あのいくたりかのご婦人がたは、まさか前代のどの書物の登場人物よりも立派だとまでは申しませぬが、その行状の一部始終は、憂さ晴らし・退屈しのぎの役ぐらいはつとまりましょうし、なおまた幾首かの月なみな腰折れのたぐいも、これはこれで酒の肴、お笑いぐさくらいにはなりましょう。離合の哀歓、盛衰の境遇という点については、またできるだけありのままに記すをむねとし、人目をくらまさんがため、かえって話の真実を失う結果を招かぬよう、手を加えることは心してさしひかえました。
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なおまた世人の眼のつけ所を一新させるという点でも、あのむやみやたらに袖ひきあい、離れたかと思うと出会ったり、出てくるのも出てくるのも才子と佳人ばかりで、子建だ文君だ、やれ紅娘・小玉だのという、一から十までお定まりの陳腐なしろものとは、少々できがちがうはず。お坊さまには、いかがご覧あそばす?」翻訳は平凡社「中国古典文学大系 紅楼夢」より引用。以下の引用も同様
さて、上記の空空道人と石君のやり取りには、概ね三通りの意図が含まれていると思う。
1 作者による物語概要案内
2 検閲に対する予防線
3 従来の小説に対する批判
このうち1はいいとして、2は軽く補足しておくと当時の清朝は漢民族を征服した背景から検閲の厳しさでいうと歴代王朝でもぶっちぎりであり、それは大衆の低俗娯楽だった小説にも向けられていた。まして曹雪芹の家系は清朝皇族と深いつき合いがあり、紅楼夢もそれにまつわるエピソードがてんこ盛り。ヘタなこと書いたら一発で牢獄行き。そのためわざわざ冒頭で「これはファンタジーです。登場人物は実在の歴史や人物とは一切関係ありません(大嘘)」「政治的・歴史的にセンシティブな話題は取り上げていません(大嘘)」「殺人とかエロも無い平和な内容です。なんか暇なときに退屈を紛らわせる程度の代物です(大嘘)」とご丁寧に予防線を張りまくっているのである。
さて、本題の3について。中国文学の歴史は大雑把に「漢文唐詩宋詞元曲明清小説」と表され、曹雪芹の時代は小説文化の隆盛期。それまでの歴史的な積み上げもあって沢山の作品が生み出され、過去には庶民の低俗娯楽でしかなかった小説が、知識人層の中で少しずつ評価を改められていた時期である。曹雪芹も沢山の小説戯曲に触れていたことは間違いない。
小説が長らく低俗扱いされてきた理由は、その内容が殺人不倫怪奇といった面白さや奇異な出来事ばかりを追求して、倫理道徳や現実にそぐわないものばかりだからである。要するに現代のエンタメで言われるポリコレやら表現規制うんちゃらと変わらないんだけど、教育上よろしくないというわけ。したがって国家側の態度としては、そんなものを史書や経典と同列の正統な文学とは認めなかった。しかし検閲にも限界はあるし、何より人間が生きて行くには娯楽も必要不可欠、寄生している側だって根っこは同じ人間なのだから、なんのかんの言ってもエンタメに触れて楽しんでたりするのである。そんなこんなで小説文化は生き延び、特に印刷技術と本の流通文化が高まってきた明清で大いに隆盛した。中にはいっぱしの文人でありながら、小説を一流文学として書評したり、コレクションしたりする者も現れた。
で、中国の出版文化もこの頃になると、それこそ現代の日本と殆ど変わらない問題を抱え始めている。流行や売上を追っかけただけの粗製濫造、完全版商法、著作権など無いので勝手な二次創作とか改作し放題、検閲をかわすためにタイトルだけ変えて中身をそのまま売る、などなど…。
特に小説を楽しんで書評している者からすると、粗製濫造は嫌でも目につく。現代で「売れてるのはなろう系みたいなくだらないものばかり! あんなの展開も同じだしキャラはリアリティが無いやろ!」みたいな書評はしょっちゅう聞くが、この紅楼夢第一回で述べられてるのも同じようなことでなのである。
例えば引用の中頃に出てくる才子佳人というジャンルは、それこそ明清で山ほど作られてしかも話やキャラの配置が大体同じパターンばかりという、いかにも現代エンタメにありがちな現象が起きていた。です、ます口調云々は、特に古い時代の小説になると文言(書き言葉)で書かれているのだが、現実でそんな話し方をするやつはいないんだからおかしいだろうという指摘である。日本人向けにわかりやすく喩えるなら、登場人物が終始「~で御座候」とか「~けり」みたいな口調でしゃべってる、みたいなところか。元代以降、小説は白話(話し言葉)で書かれた講釈師の脚本をもとに作られることが増えていったので、明清代になると白話が主流になっていたのだが、それでも文言調の文章をかなり残しており、紅楼夢はそうした文章作法的な面にもツッコミを入れているのだ。
続いて第五十四回。いきなり回が飛んでしまったけれど、曹雪芹のエンタメ評の言いたいことがほぼ全て詰まってるので取り上げたい。
賈家の年越しパーティーで賈家にやってきた馴染みの女講釈師たちが「鳳求鸞」という才子佳人ものを語ろうとすると、あらすじを紹介しきる前に史太君からさえぎられるくだり。
贾母笑道:“这些书都是一个套子,左不过是些佳人才子,最没趣儿。把人家女儿说的那样坏,还说是佳人,编的连影儿也没有了。开口都是书香门第,父亲不是尚书就是宰相,生一个小姐必是爱如珍宝。这小姐必是通文知礼,无所不晓,竟是个绝代佳人。只一见了一个清俊的男人,不管是亲是友,便想起终身大事来,父母也忘了,书礼也忘了,鬼不成鬼,贼不成贼,那一点儿是佳人?
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贾母笑道:“这有个原故:编这样书的,有一等妒人家富贵,或有求不遂心,所以编出来污秽人家。再一等,他自己看了这些书看魔了,他也想一个佳人,所以编了出来取乐。何尝他知道那世宦读书家的道理!别说他那书上那些世宦书礼大家,如今眼下真的,拿我们这中等人家说起,也没有这样的事,别说是那些大家子。可知是诌掉了下巴的话。所以我们从不许说这些书,丫头们也不懂这些话。这几年我老了,他们姊妹们住的远,我偶然闷了,说几句听听,他们一来,就忙歇了。”李薛二人都笑说:“这正是大家的规矩,连我们家也没这些杂话给孩子们听见。”後室は笑って、「そうした読み物はどれもお定まりの型でできておって、どのみちいくたりかの才子佳人の話、つまらないといったらないね。人さんの娘をよくもと思うくらいふしだらに仕立てておきながら、それでも佳人でございだとは、でっちあげにもほどがある、それらしいところはこれっぽっちもないではないか。口を開けば、みな学問の家柄で、父親は尚書でなければ宰相、一粒種の姫をもうけて、これを眼の中に入れても痛くないほどに可愛がるという筋書きはおよそ決まっておる。この姫というのがまた学問に通じ礼儀もわきまえて、まず知らぬこととてない、世にもまれな佳人というわけだ。それが一人の男ぶりのよい男をたった一目見ただけで、親類であろうと知り合いであろうとお構いなし、この殿御に添い遂げんの一念でもって、父母のことも打ち忘れ、身につけたはずの学問も礼儀もどこへやら、幽霊も幽霊と映らず、賊も賊とはみえぬほどののぼせあがりよう……。これをもって佳人などともてはやすは片腹痛い…
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後室は笑って「それにはちゃんとわけがあってね。こうした読み物の作者の中には、ひとの富貴がねたましいか、それを願ってもままならぬかして、それがため話をでっち上げ、ひとにけちをつけようとする手合いがおるわけさ。いまひとつはね、作者自身そういった読み物ばかり読むうちにそのとりこになり、自分も佳人が一人欲しくなって、せめてそんなものでもこしらえて楽しもうという連中もおるわけさ。とうていそのような手合いが、代々大官を出すほどの読書人の家庭のことなどわきまえていよう道理はあるまい。その手合いの書物に出てくるああした歴とした家柄のご大家はおろか、ほら、いま現に目の前にある、うちあたりのような中どころの家を例にとってみても、さようなことのおこったためしがないのだから、そうした大家ともなれば申すまでもないこと。まったくもって、頬っぺたの落ちそうな嘘っぱちの話をしたものさね」
現代風に要約すると「作者は本物のお嬢様を知らないで勝手に理想化された都合のいいヒロインを書いている。そうなってしまうのも作者が現実にはニートみたいな奴で、そういう素敵な女の子と出会えず妬みや願望を動機にしているから…」といった感じだろうか笑 ただし、当時の小説家業は科挙に合格出来ない文人が糊口を凌ぐための副業の一つだったので、この指摘も決して的外れでは無い。
なお、女講釈師の話を遮った史太君は「どうせまた未婚の男女が侍女を仲人にして結ばれるお話なんだろう」とあらすじを推測して解説してしまう。当時から既に物語のパターン化やマンネリが生まれており、読まなくても筋がわかってしまうような例があったのだろう。現代でいえばなろう系に対して「どうせトラックでひかれて異世界行くんでしょ」みたいな。
紅楼夢はこのように、物語のイベントを通してちょくちょく文芸評を繰り広げているのだ。
おまけで第四十四回。
賈家で開かれているパーティーで、「荊釵記」の舞台が上演される。主人公の王十朋が妻の銭玉蓮と生き別れて再会するまでを描いたお話である。妻が河へ身投げしたのを知った王十朋が、その河へ赴いてお参りをする場面で、黛玉がそれを評論する。
林黛玉因看到《男祭》這一出上,便和寶釵說道:“這王十朋也不通的很,不管在那里祭一祭罷了,必定跑到江邊子上來作什麼!俗語說,‘睹物思人’,天下的水總歸一源,不拘那里的水舀一碗看著哭去,也就盡情了。”
「男祭」の幕が始まると、林黛玉はすかさず薛宝釵に向かって話しかけました。
「あの王十朋ときては、もののわからないにもほどがあります。場所などどこであろうと、お祭りする分には変わらない道理、どづでも河べりまで出向かねばおさまらぬとは、その気が知れませんね。ほら、下世話にも申しましょう、『物を見て人をしのぶ』とか。天が下の水という水は一つの源に帰するわけですから、どこの水であろうと、一椀汲んでそれを見て泣いたら、それでも気は済むはずのものですのにね」
言葉が古めかしいのでわかりにくいが、要するに「お参りがしたいんだったら気持ちが大事なのであって、わざわざ死んだ場所なんかへ行く必要は無いじゃない」ということ。この黛玉の物語評は、真意では宴会を抜け出して侍女の弔いにいった宝玉へのあてこすりでもあるのだが、表面上の意味もそれなりの文芸評にはなっている。上述したこれまでの評に則るなら、王十朋の行動はいかにもフィクション的で、リアリティに欠けているものとえいえるだろう。
実のところ、紅楼夢の文芸評でいえば小説戯曲以上に詩の方がもっと分量もあるのだが、多すぎてまとめるのが大変なため、今回は小説関連にとどめた。いずれ詩の方も取り上げて語ってみたい。