中国四大名著「紅楼夢」の金陵十二釵考察。トリを飾るのはやはりこの人、林黛玉です。彼女について語ることはほぼ紅楼夢そのものについて語ることなので、めちゃくちゃ長くなってしまいました…。三回に分けてお送りします。
過去の記事内容も含んでいるので、なるべくこれまでの十二釵考察も読んだうえで見ていただければと思います。
劇中の経歴
林如海と賈敏の娘。母を早くに亡くし、林如海だけでは養育が行き届かず、祖母である史太君の声かけもあり七歳の頃から上京し賈家で居候の身となる。賈家では問題児の賈宝玉と親交を深め、非公認ではあるが周囲も認める仲。しかし、生来の気難しい性格と重い病のせいで段々とその立場は微妙になり、また才能容貌匹敵し家柄も良しな薛宝釵の存在や、大人達の思惑もあって最終的に宝玉の婚約相手からはずされる。
賈家が没落の兆しを見せると、黛玉は宝玉のことを想いながら病で亡くなる。折しも、それは宝玉と宝釵の結婚式の日だった。
その人物像
言うまでもなく中国古典小説におけるヒロインの最高峰。林黛玉より前に彼女のようなヒロインは存在せず、それより後に似たキャラが作られれば「林黛玉型」と言われるようになるなど、まさに革命的存在。
良家のお嬢様で、美貌教養優れ、仲人になる侍女キャラがいる……と、表面上の設定だけなら紅楼夢以前の「西廂記」を筆頭とする才子佳人ジャンルにおけるヒロインとさほど変わらないように感じる。
では、それまでと比較して何が優れていたのか。色々あるだろうけれど個人的に挙げたいのはリアリティと、悲劇を貫徹した点の二つ。
まずはリアリティについて。そもそも才子佳人もののヒロインは昨今のラノベやなろう系を筆頭としたエンタメで批判されるような、いかにも作りものっぽいキャラが多かった。何故なら当時のそうした作品の書き手は科挙に受かれず正統派な文人としての成功の道を絶たれその捌け口として小説を書いてる…みたいな層が多く、自分の願望を作品に込めまくってるから。そのためヒロインの造形も、全方位に盛られたステータス(可愛い・かしこい・貞淑※ただし主人公にだけはあっさり身体を許す)、出会った瞬間主人公に一目惚れする、ライバルが現れても主人公に一途、という作劇上大変都合のいい存在ばかり。もっとも、そういうキャラがエンタメで一定の人気を得るのは今も昔も変わらないけれど。
紅楼夢はもともと、既存の小説に対する批判精神を以て作られた作品であり(詳しくは「紅楼夢における文芸評について」を参照)、林黛玉の造型も作りものっぽさが取り払われ、リアリティが追求されている。
特に強調されたのが「本当に学問をやってきた女の子」としての描写や設定。
従来の才子佳人小説ヒロインも、大抵宰相や学者の娘だったりするので、学問の教養自体はあることになっている。しかし殆どの場合、その学力を発揮するのは主人公が送ってきたラブレターを読んだり、想いをのせた詩のやり取りをするといった場面に限られてしまい、実際のところは死に設定に近い。
他にも学問ができる女子を描いた小説は幾つかあるが、例えば三言の「蘇小妹」に登場する蘇小妹(架空の人物です)なんかは、蘇軾の妹とかいう設定のわりに、出てくる言葉遊びがはっきり言って妓楼における妓女と客のやり取りレベルだし、「梁山泊と祝英台」の祝英台や「女秀才」の聞蜚娥も、ただもとから賢くて勉強が出来るという記述に終始して、台詞や行動にまでその学才が浮かび出ることはない。結局のところ、彼女らの学力は物語上だと才子との結婚のきっかけになるアクセントとしてしか使われない。
林黛玉はその点、設定描写が大変に作り込まれている。
まず設定面でいえば、父の林如海は科挙試験を探花(第三位)合格した正真正銘の才子。彼は妻との間に息子もいたのだが幼くして夭折してしまう。そこで残った一人娘の黛玉が利発なのを見て、学問を教えられない悔しさの埋め合わせとして、彼女に家庭教師までつけて男児同様の教育を施す(雇われた賈雨村は「(女の子じゃ科挙受験も出来ないしテキトーでいっか」な感じだったけど」)。…と、学問を学んだ理由がしっかり説明されている。
そして重要なのは、そういう教育を女の子にしたらどうなるか、といった思想面の影響も事細かに描写されていること。実家の黛玉は学問をするのが当たり前の環境だったので、賈家に来た最初の日も「お宅のお嬢様たちはどんな本を読んでいるのですか?(これは幼い頃から勉強している男の子のような台詞である)」などと傍から見たら学問マウントと取れる質問をしてしまう(なお、聞いていた史太君も冗談だと思ってまともには受け取らなかった)。
また元春妃が帰省した日、賈家の女子達も詩作をするよう元春に命じられ、周囲の女子達が「私たちは女子だからそれなりのものでいいか…」というスタンスでいる中、黛玉は自分の才能を見せつけてやろうとやる気満々で応じる。元春からは一首だけでいいと言われて不満だったのか、その後で詩作に苦戦している宝玉を手助けもしている。
また、旧時代の中国において、学問をすることはその人の思想や生き方に直結する。ひとくちに中国学問といっても色々あるのだが、旧中国における学問の主流は政治・歴史であり、文人は科挙に受かろうが受かるまいが、みな国を背負って立つ意識を持っている。一方、傍流としての学問には芸術や科学の分野がある。これらは国家政治とは離れた領域のため軽視されやすく、特に明以降、西洋と比較して医療や軍事の発展が遅れた一因でもあるが、過酷な試験競争や政治闘争に嫌気がさして隠士な生き方を目指す文人も少なからずおり、そうした人達は主流に囚われない学問芸術に邁進した。
林黛玉の学問描写は、どちらかといえば傍流寄りに近い。特に彼女の文章や詩に対する主張で、度々それが描かれている。
例えば第四十八回、初めて詩作を学ぶ香菱へアドバイスする場面では「規則は末、大事なのは着想なの。心がこもっていれば、言葉の飾りつけなんかいらないわ」と述べている。
中国の詩作は、まず何よりも律詩や絶句などの形式、平仄や韻のルールを理解するのが基本。それらの形式に則り、リズムや形が整っているほどに良いとされる。
これは国家業績である史書や官界で使われる文書にも通ずる。これらは伝統的な文言文(漢文)で書かれているからである。さらに当時の科挙受験で必須だった八股文も同様。八股文は厳格な形式を守って作成しなければならず、言ってしまえば難解な言葉パズルみたいなもの。
しかしこれには明確な欠点もあり、表層の美麗さだけを追及して中身のない文章を生み出すことにも繋がった。特に明清以降顕著だが、八股文による試験は、キレイな文章を書けるだけで実務がろくに出来ない官僚を沢山生み出していたからである。紅楼夢と同時期には、儒林外史を筆頭に科挙文化を風刺した小説も作られている。
黛玉が形式は末節で重要なのは心、というのは、主流派文章への批判を含んでいると同時に、彼女の学問のスタンスを示してもいるのだ。
他にも第五十一回で、薛宝琴が小説で出てくる架空の地名で詩を読んだ際も「別に実在じゃなくたってみんなが知ってる場所だからいいじゃない」と、その自由な発想をフォローしている。
なお、黛玉はメインヒロインだけあって作中でも多数の詩を作っているが、どれも彼女の自由な創意もとい捻くれた性格もかなり反映されており、とても十代の青春真っ盛りな女の子の書くような内容ではない。代表作ともいえる「葬花吟」も大変エモーショナルな一方、いくらなんでも根暗過ぎやろと感じてしまうはず。
話を戻すが、黛玉の自由を重んじる思想は詩作以外でも一貫している。例えば紅楼夢でも有名な「読西廂」の場面。彼女は宝玉と一緒に西廂記を読み、その文章の良さを賞賛する。当時、小説というのはまだまだ正当な文人からすると低俗な読み物だった。しかし白話(話し言葉)で書かれた小節や戯曲は、描写の自由度という点で文言を圧倒的に凌駕していたのである。その白話表現ならではの良さを理解していたのは明清時代だとまだまだ少数ではあったが、黛玉や宝玉が西廂記に感動したのも、そうした傍流の文学を評価出来る感性を持っていたためだ。
長々語ったのでいったんわかりやすくまとめるが、黛玉は従来の「主人公と結婚するために学識が設定されたヒロイン」ではなく「ちゃんと学問をやって思想も持っているヒロイン」として作られているのである。
その他の細かい設定面の話をすると、黛玉の学問スタンスはその出身地とも深くリンクしている。彼女は揚州育ちだが、一族の原籍は蘇州である。蘇州は古くから著名な文人学者を何人も輩出してきた土地である一方、蘇州文人の特徴として自由な学問を重んじる気風があり、科挙に受かっても芸術や趣味にどっぷり浸かり、政治に関わらず隠士として生きる者も多かった。黛玉の(そして父の如海も含め)気風は、立派な蘇州っ子といえるだろう。
…といったように、林黛玉は設定・描写ともに従来の才子佳人ヒロインを遥かに凌駕する作りこみがされている。これは紅楼夢とそれ以前の才子佳人小説を読み比べると、大いに実感できると思う。
ところで、日本では紅楼夢があんまり読まれていないせいで人物のジェンダーうんちゃらの話は合山究先生の「賈宝玉性同一性障害」ばかりが突出して取り上げられているように思うが、私に言わせたら黛玉の方がよっぽど性倒錯していると思う(幼少から男児教育を受けたせいか思想も趣味も男の子寄りで当時の女性社会とズレている)。まあ、私はそもそも現代の精神観念を古典にあてはめて論ずるのが好きじゃないので、これについては突っ込みで留めておく。
さて、黛玉が従来の古典小説ヒロインと比較して画期的だったもう一つの点は、物語の中で悲劇を完遂したことではないだろうか。黛玉と宝玉は互いに想い合いながらも結ばれずに終わる。
特に才子佳人ジャンルでは顕著だが、中国古典小説や戯曲は悲劇的な終わりを嫌うため、ハッピーエンドが主流である。とはいえ、想い合うカップルが結ばれずに死ぬ展開自体は、紅楼夢より古い作品にも無いわけではない。有名な例としては「嬌紅記」や「梁山泊と祝英台」などが挙げられる。しかしその場合も、悲劇に対して何らかのフォローが入るのが通例だ。
一つは「合葬」である。生前は結ばれなかったが、一緒の墓に葬ってもらい来世で魂は一つになりました…というもの。先に挙げた「嬌紅記」「梁山泊と祝英台」なんかはこのパターンである。物語を悲劇で終わらせず、救いを残している。
もう一つが「還魂」。死んだキャラが生き返ってめでたく結ばれる。有名なのは「牡丹亭」。旧時代の中国における死は魂が肉体から抜ける、という概念なので、それが肉体に戻れば蘇ることが出来る、という理屈が通っていた(土葬が基本なので、死んでも体は残っている)。ちなみに清朝後期に流行った紅楼夢の続作の大半はこの「還魂」展開を採用し、黛玉のみならず侍女の晴雯あたりまで蘇って宝玉の妻妾になる…という、今時の二次創作でもそりゃないやろと言いたくなるような安直極まりない終わり方をする。言い換えれば、当時の読者の多くが宝・黛の悲劇を読んで彼らの救済を望んだことの表れとも思う。
しかし、紅楼夢には合葬も還魂も無かった。黛玉の悲劇は徹底して悲劇に終わる。これは現行で流通している後四十回でも同様だ。後四十回は原案と異なる部分で批判されたりもするが、黛玉の悲劇に関してはしっかり描き切っており、後四十回の最も優れた部分だと思う(これについてはまたその③で詳しく)。
また後四十回だと黛玉は九十八回で亡くなるが、物語はその後も黛玉の死を受け入れられない宝玉に繰り返しその事実を突きつけていく。第百三回では黛玉を捨てたと侍女の紫鵑になじられ、第百八回では夢の中で再会を祈るがまったく会うことは出来なかった(ちなみに「牡丹亭」だと主役カップルは夢の中で出会いを果たしており、そこですら会えなかったというシチュもリアリティ重視な紅楼夢の特徴が出ていると思う)。
極めつけが、宝玉がふたたび太虚幻境を訪れた第百十六回。ここではそれまで亡くなったヒロイン達が生前の姿で宝玉の前に次々姿を現す。が…肝心の黛玉については「黛玉さんをお探し? 残念! 彼女はほんとはただの草でした!」とあんまりな事実を突きつけられる。幻境から戻った宝玉はすっかり現世へ見切りをつけてしまうようになるのだが、どうやっても黛玉に会えなかったことが大きな理由であったことは想像に難くない。
宝・黛の悲劇は、執筆当時の現実中国でもそれなりにあっただろうが、完全に共感を得ているものだったかといえば、違うと思う。当時は親同士が結婚を決めるのが常識であり、勝手に当人たちで繋がっている宝・黛の姿は、現代でいうところの不倫とか未成年同士の恋愛に近く、世間的には批判されるべきものだったからだ。例えばアンチ紅楼夢として描かれている「児女英雄伝」を読んだりすると、いかに正当な手順を踏んで結婚することが大事か、当人の貞節観念がちゃんとしているか云々がうるさく語られている。
紅楼夢が真に広く受け入れられたのは、むしろ中華民国期以降だと思う。というのも、先進教育の始まりで自由恋愛の思想が浸透した結果、紅楼夢の宝・黛の悲劇がより身近で発生するものになったからだ。清末から民国初期にかけてはまさに旧思想と新思想がぶつかり合う時代。親世代は自分たちの決めた家同士の結婚を強要し、若い世代は自分が決めた相手との結婚を望む。民国期の小説でも、こうした結婚トラブルを描いた作品は枚挙に暇がない。巴金の「家」、張恨水の「金紛世家」などで描かれる恋愛悲劇は、まんま紅楼夢の宝・黛がなぞった物語と同じだ。このあたりは、紅楼夢が近代的な小説とも言われる所以の一つだと思う。
次回に続きます。