古龍武功考察「陸小鳳」シリーズより霊犀一指

※この記事はネタバレ全開です。日本で未邦訳の作品についても書いていますので、詳細を知りたくない肩はご注意ください。

霊犀一指は武侠小説の大家・古龍の「陸小鳳」シリーズに登場する至高の武術奥義。主人公・陸小鳳が使用する。二本の指で刀・剣・槍・鞭あらゆる得物を挟み取り、敵の攻撃を無力化する。つかみ取られた得物は進むも引くもままならず、大半の敵はその時点で戦意を失ってしまう。
江湖では四本眉毛、双飛彩翼の軽功と並ぶ陸小鳳のトレードマークとして知られている。その評判もあって「本当にどんな技でも受け止められるのか試したい」と絶世の達人がいきなり奇襲をしかけてくる、といったこともしばしば。タチの悪いことに友人である花満楼や木道人は事前にそうした奇襲があることを知っていても「まあ小鳳なら受け止められるでしょ」と止めようとしないし陸小鳳本人に知らせず傍観のスタンスをとる。友人の腕に全幅の信頼があるからとはいえ理不尽な話。もっとも陸小鳳自身もいきなり達人に襲われるのは慣れっこなようで、大体笑って済ませてしまう。

霊犀一指の名前の由来は唐代の詩人・李商隠の無題詩に出てくる「心有霊犀一点通」から。その名の通り、心と体が一つになってこそ最大の力を発揮する。他の古龍作品同様、武功の原理や由来については殆ど明かされない。武功の威力も技自体が優れているのか、陸小鳳が極限まで指を鍛えた結果なのかも曖昧。

作中における使用はもっぱら護身のため。この武功自体がむやみな殺しを嫌う陸小鳳の信条ともマッチしており、素晴らしい設定だと思う。
無論、普段その気にならないだけで、霊犀一指の指力は攻撃にも転用可能。作中では飛んできた複数の暗器をまとめて打ち落とす、刀剣や鎖を二本指で切断するなど、素手とは思えない威力を見せることもある。そのほか第七作の「鳳舞九天」ではサイコロ賭博の際、卓上に二本指を置き内功を伝えることで出目を操ったりといった応用も。
なお、指で掴めない掌打や大きな得物で攻撃された時は霊犀一指ではなく普通に戦って防御している(じゃあ普段から普通に戦っていればいいんじゃ…というのは言ってはいけない)。

防御技ゆえか、主人公が使う武功のわりに出番は少なめ。そもそも陸小鳳シリーズの大ボスは八割方が自滅か事故死か関係ないところで倒されるので、陸小鳳とろくに戦わず終わってしまうことも多く、霊犀一指に得物を掴まれるのは中堅クラスの達人ばかりである(なお、古龍作品において達人というのは仮面ライダーや戦隊ものに出てくる一話限りの怪人なみに扱いが軽い。一作の中で十数人もの達人がボンボコ死んでいくのがいつもの古龍スタイル)。さらに、作中で最初に使用したのも陸小鳳じゃなくて親友の花満楼だったりする。彼は陸小鳳を除いて唯一の霊犀一指の使用者で、盲目の花満楼が敵から身を守れるように陸小鳳が伝授した。
シリーズを追うごとに敵のインフレも加速し、陸小鳳の腕を以ても太刀打ち出来ないボスが出てくると、いよいよ使われる機会が失われてしまい、奥義でありながらいまいち地味。

映像作品でも、掌法系や剣術系の武功みたいに爆発起こしたり衝撃派を放ったりといった演出が出来ないので、やはり映像的にも地味な感じになりがち。しかし2007年ドラマ版(張智霖版)では毎回クライマックスに霊犀一指を必ず登場させるようにしており、カメラワークの上手さもあってかなり印象的な使い方をされている。

霊犀一指で戦った主な敵達
勾魂手
江湖で屈指の勢力を持つ青衣楼・第一楼に所属する達人。作中最初に陸小鳳と戦った人物。寝込みを軟鞭で襲うが、あっさり霊犀一指に掴まれてしまい、得物を捨てて敗北を認めた。

柳余恨
命知らずで知られる武芸者。体の半分を損なっており、失った両腕の代わりに武器を取り付けている。終盤で陸小鳳に挑むも、右手の剣を霊犀一指に挟まれる。それでも闘志衰えず左手の鉄球で襲いかかるが、陸小鳳が空いた手で手刀を繰り出し、左腕も無力化されて敗北。

葉狐城
孤高の剣神。西門吹雪とはちゃんと日取りを決めて決闘の約束をしたのに、陸小鳳には何の断りもなくいきなり襲いかかってきた。理不尽。奥義の天涯飛仙で絶体絶命のところまで追い詰めるも、絶世の達人ゆえの「攻撃に一切余計な力を用いない」点の裏をつかれ、身体に刺さる寸前のところで剣を挟みとられた。
なお、陸小鳳に得物を一度掴まれると抜き出すこともほぼ不可能なのだが、葉狐城はシリーズ中で唯一、挟まれた剣を引き抜いて鞘に戻している。

木道人
武当派長老にして凄腕の剣客。本編より4年ほど前に陸小鳳と立合い、上記の葉狐城と同様のやり方で剣を挟みとった経緯がある。木道人はその件をかなり江湖に喧伝しているようで、恐らく陸小鳳が理不尽に江湖の達人から襲われる原因を作っている人物の一人。友人である陸小鳳の腕を信用しているからこそのちょっと悪趣味な冗談とも考えられた、が…第五巻「幽霊山荘」では、江湖の要人をまとめて抹殺する計画の首謀者・老刀把子の正体が木道人であると判明。頭脳・実力ともに陸小鳳が負けを認めるほどの人物だったことが描かれている。ただし、本気を出せば霊犀一指を破れるかは不明。作中でははっきり書かれていないものの、自らの長大な計画の邪魔になる存在だった陸小鳳を排除するため、達人をわざとけしかけていたのでは…と考えられなくもない(結局陸小鳳は生き延びたため、第五作では仲間に引き込もうとしていた)。

金九齢
王府屈指の捕り手だがその正体は江湖を騒がす纏花大盗。シリーズ中で唯一まともに「霊犀一指」対策をした人物で、二本指で挟めない大鉄槌を武器に陸小鳳と決闘。しかし鈍重な得物を使ったことが仇となり、体力の消耗を突かれて敗れる。地味に陸小鳳が直接手をかけた珍しいラスボス。

司馬紫衣
武林の三大世家の一つ・司馬家の当主にして腕の立つ剣客。西門吹雪と葉狐城の決闘を観戦するチケットになる帯を持った陸小鳳に、帯を譲ってもらう条件として戦いを挑む。素の性格は傲慢だが、江湖で名高い陸小鳳には遠慮と敬意からか、最初に狙う箇所を宣言し本気も出さなかった。が、そのためにあっさり剣を挟み取られる。どうでもいいけど古龍先生はこういうボンボン育ちの達人をかませに描く傾向があると思う。

杜白
鳥衣神剣の異名を持つ凄腕の達人だが、弱みを握られ大海賊・賈楽山の配下になっていた。陸小鳳の寝込みを襲うも、寝たままの状態で剣を受け止められる。

葉孤鴻
西門吹雪のオタクで、剣術から身なりまでことごとく真似ている青年。そのくせ陸小鳳が西門吹雪の無二の友人であることは知らない。勉強が足りないぞ! 剣力は達人の域だが、西門吹雪には遠く及ばず陸小鳳にもあっさり剣を掴まれた。

宮九
シリーズ最大最強の敵。知略・武力で陸小鳳を圧倒する。終盤で決闘することになった際は陸小鳳と素手で戦うつもりだったので、霊犀一指で阻めたかは不明。

西門吹雪
陸小鳳の親友にして江湖最高峰の剣客。敵対しているわけではないので当然二人が戦うことも無いのだが、作中でもしばしばどちらの技量が上か話題になる。陸小鳳は大抵の場合答えをはぐらかすのだが、三作目の「決戦前後」では葉狐城との決闘を前に気弱な言動を漏らした西門吹雪に「俺がこの世で摑み取れないのはお前の剣だけ」と口にしている。葉狐城を倒した四巻以降、西門吹雪はさらに腕を上げて無剣の境地に達しており、五巻では幽霊山荘事件解決のため本気で陸小鳳を殺す芝居を打ち、一剣で傷を負わせていたりするため、陸小鳳より上な印象もある。ただし軽功については終始ほぼ互角。